人と話したり笑ったりするときに日本人の女の子の多くは手で口を隠すことが多い。以前に明石家さんまさんの番組を見ていたら出演者の一人が「口を隠さないでバカ笑いする女は女子校出身者だ」と言っていたが、その人によれば思春期に男子の目を気にすることがないと恥じらいがなくなるらしい。ということは口を隠すのは恥じらいの現れなのだろうか。

これは西洋人を含めた外国人には見られない仕草だという。口を(広い意味で顔を)隠してしまうと相手に表情が見えなくなってしまうため感情や話しの意図が伝わりにくくなるからだという。確かに人は相手の話を聞くときには口の形も参考にして言葉を聞き取っている。いわゆる読唇術である。これは聴覚障害者に限ったことではない。耳だけではわかりにくい発音も合わせて口の動きを見ることではっきりと聞き取れることも多い。しかしそれを手で隠してしまえば耳からの情報だけになってしまう上に口を手で覆うことで声も聞き取りづらくなってしまう。

冬になると常にマスクをしている女子も時々見かけるが、電車の中でスマホをいじっている時や寝ている時は別にして誰かと話をする時にもマスクを外さない人は多い。声はこもってよく聞こえないし表情もわからないのでコミニュケーションを取ることが非常に難しくなる。そういう人に限って小さな声でボソボソと話すものだから「この人は自分の話を聞いて欲しくないのだな」と思っておざなりな対応にならざるを得ない。マーケティングでも同じだが相手にやって欲しいことがあればそれがやりやすくなるようにこちらが仕向けなくてはいけない。

だからと言って人前で大口を開けてバカ笑いをするのもいかがなものかと思う。恥じらいがないというより下品に見える。「女子校だったから」というのは理由にならないような気がする。女同士なら相手を気遣うことなく唾を撒き散らしながら大声で騒いだりバカ笑いをすることが許されているのだろうか。ボクには女の子同士の友情や気遣いのことはよくわからないが人間関係の中で遠慮や気遣いが全くなくなってしまったとしたらそれは身も蓋もない空虚なものになってしまうようにも思う。

逆に男同士の間柄では関係によっては、ビジネスのような忖度と遠慮が全ての意味ないコミニュケーションに終始することがないとは言わないが、親しい友人と話す時にもある程度態度や言葉を選ぶのが一般的だ。しかしその結果、話の内容が通じなくなってしまっては本末転倒である。ただ酒を飲んだ時の泥酔男の醜態を見せられると「少しはわきまえろ」と思うこともある。

何れにしても誰かとコミュニケーションを取りたいのなら自分の意思が相手に伝わりやすくかつ過度にならないように配慮することは最低限の配慮ではないかと思うのだ。