世の中には不思議なことがたくさんある。それは自然現象であれ人為的な事故であれ原因がわからないことは多い。何かが起きると仮にそれが自然現象であっても徹底的に原因を追究して再発を防止しなければならないというような義務感が生まれ、あらぬムーブメントが起きたりする。大地震や火山噴火、巨大台風や竜巻などは詳しい原因など誰にもわからない。なのに関係のない外野から「原因をはっきりさせろ!」「起きた原因を説明しろという声がかまびすしかったりする。

世の中で起こっていることの多くは実のところはっきりした原因など分からないことの方が多い。いやごくまれに主な原因の片鱗が見つかったりする程度なのだ。ところが「詳しく調査すれば何だってわかる」と思っている人が多いのは科学というものに過剰な期待をしているからなのではないだろうか。

海の中のことも宇宙のことも地中深くのこともほとんどのことは未知である。地面を掘り返してみなければ数十メートルの地中に何が埋まっているのかさえ全く分からない。深海にはマリアナ海溝ですら数10年前には人間が到達しているのだから海のことは全てが研究され尽くしていると思っている人もいる。それは単に深い水深にまで到達したというだけであって海底のすべてが分かったわけではない。それは数100メートルの海でも同じだ。海の中のことは99.9%は分かっていない。つまり分かっていることなどほんのひとつまみにも満たない。

世の中で起きる経済などの社会現象はさらにわからない。ときどき日銀や財務省が経済の動きを予想して発表したりするがことごとく外れている。それは原因と結果のいわゆる因果関係がはっきりしていないからである。要因が複雑に絡み合っていて解きほぐせないのだ。

東日本大震災の後、地震予知連絡会が「地震は予知できない」と発表してセンセーションを巻き起こしたがそんなことは最初から分かっている。ただ色々な調査や観測結果と研究の結果から予想される傾向を見てこれから起きるかもしれないことに備えることは出来るはずだ。しかしそのためには個人個人が豊かで自由な想像力を持つことが必要条件なのだ。