子供の頃、おねだりはしましたか? 今でも彼やご主人に可愛い笑顔でおねだりしている女性も多いかもしれませんね。ボクは子供の頃からあまりおねだりをした思えがありません。基本的に毎月もらう数百円のお小遣いの使い道を制限されることはなく(マンガを買うことだけは禁止されていた)その予算の中で欲しいものを買い、それ以上は買えないので我慢するか、どうしても欲しければお小遣いから貯金するというのが我が家のしきたりでした。友達の多くはお小遣いで買えなければ”おねだりして買ってもらう”というやり方が普通だったようですが、我が家に”おねだり文化”はありませんから現実的ではなかったのです。

しかし中には貯金して買うにはあまりにも現実的ではないものもあります。ボクが最初にぶつかった壁は短波ラジオです。当時子供の間でBCLがブームになっていました。もうご存じない方も多いと思いますが、海外の短波放送を聞いて放送局に「受信報告」を郵送するとお返しにベリカードという「受信証明書」が送られてくるのです。このベリカードを収集するのが当時子供の間で流行っていたのです。メーカーからはそのためのカッコいい専用ラジオが売り出され「ソニー・スカイセンサー」やら「ナショナル・クーガ」などという短波ラジオが電器屋さんの店頭を賑わしていました。

ところが不幸なことに我が家にはほとんど骨董品のような短波ラジオが既にあったため、いくら物欲しげな顔をしたところで無駄です。当時のボクは中学の無線部に入っていたので、その知識を活かして物置にあったビニールコードでアンテナを自作しました。ラジオを家の2階に持って行き、ロッドアンテナに自作のアンテナを結び付けてBCLデビューを果たしました。ところが性能の悪いラジオでは友達の持っているラジオでは簡単に受信できる放送局が全く受信できず、ベリカードも2~3枚集めたところで限界を感じて断念したのでした。

しかし苦境はさらに追い打ちをかけるように襲い掛かります。自転車です。最初の自転車は欲しいとも思っていなかった頃に何となく買ってもらいました。いやクリスマスプレゼントだったかもしれません。それに7~8年ほども乗っていたのですが、中学生の頃に突如として友達の間で自転車ブームが起こりました。単一電池を10本も使う何とかフラッシャーという方向指示器やブレーキランプ、5段変速ギヤが付いたスポーティーな自転車です。ところがボクの乗っていた自転車ではなかなかスピードが出ないので下り坂以外では常に置いてきぼりでした。

ボクもスポーティーな自転車がとても欲しかったのですが、自転車屋からもらってきたカタログを家で思わせぶりに眺めていたところ「欲しいなら貯金すればいい」と先手を打たれてしまいます。その自転車は3万円もするのです。毎月1000円のお小遣いの半分を貯金しても5年はかかります。その頃にはたぶん高校も卒業していて自転車にも興味がなくなっているだろうと思われました。欲しいのは”今”なのです。

ほとんど諦めていた時に友達の一人がうちの親に「あいつの自転車が遅いせいでオレたちの遊ぶ時間が短くなっている」と苦情を持ち込みました。そのせいかどうかはわかりませんが数か月後になんと自転車を買ってもらえることになったのです。やっぱり持つべきは友達です。その頃にはほとんどの友達は自転車に飽きて乗らなくなっていましたが、もう一人の同じ境遇だった友達と二人で遠距離ツーリングに行ったりして青春の一ページを彩ることができたのは幸せでした。

そんな毎日を過ごしていた青春時代はやがて終わりを告げ、就職しました。就職するともらえるのはお給料です。自分が働いてもらったお給料なら誰に文句を言われることなく自分の欲しいものを買えるわけです。ボクがお給料をもらったらどうしてもやってみたいことがありました。大好きなサラミソーセージを誰に遠慮することなく一人で1本まるまる食べるのです。

当時、お給料は現金で配られていました。お給料日の当日、会社帰りのカバンの中には薄っぺらい給料袋が入っています。ボクは迷わず家の近くのスーパーに立ち寄って安アパートに帰りました。サントリー・ホワイトの水割りを用意してサラミソーセージをカバンから取り出したとき「せっかくの夢が叶うんだから半端なことはやめよう」と思いました。パッケージのビニールを破り皮を取り除いたサラミソーセージにガブリと齧りつきました。あぁ夢にまで見た至福の瞬間!

水割りとサラミを交互に食べ続け、30分後にはそのすべてを食べ尽くしました。「あ~幸せだぁ」と思ったその至福の時はそう長くは続きませんでした。何となくお腹が痛いのです。高級なサラミ(ボクにとっては)を一気に食べてお腹も驚いたのかもしれないなと思いました。のんきにテレビなど見ていると痛みはさらに激しくなってきます。それから朝までトイレから離れることはできず悶絶するような苦しみと共に朝を迎えたのです。

やっぱり身の丈に合わないことはやらなきゃよかったとその時は深く後悔したものでしたが、翌日になって腹痛が少し和らぐとちょっと考えが変わってきました。もし昨日、夢を実現しようとしなければいつまで経っても夢は実現しなかったはずです。そんな想いを残しながら生きていてもつまらない人生になったかもしれません。だから少しくらいつらい思いをしてもやろうと思ったことはやったほうがいいと思うのです。しかしサラミの一本食いはもうやめておきます。