新しい商品やサービスを考えるときにはプロジェクトチームを組んでメンバーやその周囲の人から様々なアイデアを集める。集まったアイデアはプロジェクトに持ち帰ってメンバー間でディスカッションを行う。アイデアの斬新性や社会への貢献度など、マーケットの現状やライバル商品やサービスの存在など否定的な意見は排除して”面白さ”や”こんなものがあったらいいね”だけを考えてアイデアを膨らませていく。その時には実現可能性や予算の調達などはとりあえず後回しにする。

アイデアが絞り込まれてきたら具体的な実現に向けた方法論の概略を考える。この時点で「月に遊園地を作って世界中の人を呼ぶ」というような実現のハードルが極めて高いアイデアは外していく。できるかどうか未知数だが「やれば出来そうな気がする」ものについて考えを煮詰めていく。映画の世界だが「ジュラシックパーク」などは面白いアイデアだった。いくつかの候補に絞られた時点で経営側に対して提案を行う。

しかし経営者は実に現実的でリスクを嫌う傾向がある。ここでいうリスクとは「必ず成功するのか?」という一点だ。何事でも自分が初めてやることには予想できないことがつきものだ。資材の調達はどうするのか、投資はどれくらいの期間で回収できるのか、計画通りに売れるのか、結局の心配事は「失敗したらどうするのか」ということだ。だから失敗しないような方法をこれから考えましょうという方向に思考が向かうことはない。絶対に失敗は許されないのだ。

だから必ずと言ってもいいくらい「他に誰かやっているのか?」という言葉が出てくる。大企業ほどその傾向は強い。大きな資本と予算があり成功させるための努力がある程度自由になる環境にいても失敗が怖い。自分が非難されることだけは避けたいと思う。だから誰かが先を歩いたその足跡を辿っていきたいわけだ。先を歩く者が失敗するのを見たならその時に立ち止まればいいと考える。

ボクはその言葉が大嫌いだ。他に誰もやっていないからこそチャレンジする価値があるのだ。誰かの後を追いかけたって踏み固められた道の先は見えている。既に離されている距離を詰めて追い抜くことなど不可能に近いし恐らく追い抜こうともしないだろう。そのうちにブームが去ってジ・エンドだ。

先人の足跡を踏んでいけば落とし穴や地雷を踏んでしまう可能性は低い。しかしその行き先は既に決まっておりそれ以外の道を歩くことはできない。奇をてらって物珍しさや話題性だけでチャレンジするのはもってのほかだが、思慮深く突き詰めて考え尽くしたうえで”GO”という決断を下したのならあとは信じて進めばいい。しかし決断を下す前にはできるだけ多くの意見を聞くことだ。賛成意見も反対意見も予断することなくニュートラルな立場で話を聞いて冷静に判断することが求められる。

踏み固められた道の先には既に誰かがいる。みんなと同じ景色を見て幸せなのならそれでもいいだろう。しかしみんなに踏み荒らされた展望台は丸坊主になり草一本なく、そこから希望にあふれた景色が見えることなどないのだ。