先日、ラグビーワールドカップの日本×スコットランドの試合を自宅のテレビで観戦した。日本が決勝トーナメントに進むための大事な試合だという。急にラグビーが好きになったわけでもないが他に見たい番組もないしビデオの録画も底を底を尽いたし、世間では大騒ぎになっているというので一度は見ておこうと思ったわけだ。結論から言えば割と面白かった。試合中の殴り合いはアイスホッケーで何度も見たことがあるが、選手が興奮すると見境がなくなるのは世の常である。

ユーミンの歌にもあるようにラグビーでは試合が終われば敵も味方もなくなって友情が残るという。いわゆる「ノーサイド」だ。敵味方関係なくお互いの健闘を称えあうらしい。しかしテレビで見る限り今回の日本とスコットランドの間ではそんな感じではなかった。試合後も相手を讃えるとかそんな雰囲気ではなく、スコットランドチームの選手はただただ悔しがり、日本チームの選手は味方同士で抱き合って喜び、相手のことなど見ていないようだった。でもそれはボクの気のせいかもしれない。

最初から強いものが勝ち弱いものが負ければ強者は弱者に対して余裕の笑顔で「オマエもよく頑張ったな」と慰め、弱者は強者に「胸を借りられただけでも幸せです」と謙虚に言うのかもしれない。ところが今回の試合はちょっと状況が違ったのだという。ラグビーの発祥であるスコットランド、イングランド、ウェールズ、アイルランドという大英帝国と東洋のイエローモンキーの戦いだ。日本代表にはいわゆる日本国籍でない選手もたくさんいるが、大英帝国から見れば東洋の小国に過ぎない。ニュージーランドやオーストラリア、南アフリカなどはかつてのイギリスの植民地なのだから東洋人と比較するべくもない。

そんな中で下克上で弱者が強者を負かしたときには精神的にそんな余裕があるのだろうか。しかも相手はアングロサクソンの伝統など全くないあの小国・日本である。そんな時、負けるはずのない相手に負ければ「そんなはずはない」と言い「もう一度やれば勝つに決まっている」と虚勢を張りたがるのではないだろうか。ビジネスの世界ではそんな場面は何度も目にしたことがある。

しかし事はジェントルメンの国・英国発祥のラグビーである。小国の東洋人の考えることなど下衆の勘繰りに違いない。そしてラグビー選手がそんなにも崇高な理想を実践しているのだとしたらボクは心からの称賛を贈りたいと思う。