日本の八月も終わりまた今年も原爆と終戦が通り過ぎていった。ボクがその本を初めて読んだのは高校生の時だった。柳田邦男著「空白の天気図」。太平洋戦争終戦の年、原爆投下からわずか1か月後に西日本を襲った枕崎台風の話だ。枕崎台風は室戸台風、伊勢湾台風と並んで昭和の三大台風といわれた大型台風である。最近では全国各地で台風に限らず大規模な気象災害が多発しているが、原爆によって破壊されつくされ放射線障害で苦しむ人たちを襲ったヒロシマの台風被害は想像もできないくらい悲惨なものだったという。

ボクは30歳を過ぎてから初めて訪れた広島で、平和記念公園の原爆資料館、原爆ドームとともにどうしても見ておきたい場所があった。それがこのドキュメンタリーの舞台になっている広島市江波山にある旧広島気象台だ。それは広島市の中心部から市電で30分ほどの場所にある。小高い丘の上に建っている旧広島気象台の庁舎は原爆の熱線にも爆風にも耐えて残った当時のものだ。今流行りの”聖地巡礼”ではないが、”その時”そこで起こっていたことを記憶しているであろう建物を一度この目で見ておきたいと思ったのだ。

その瞬間、その建物は強烈な光と熱線と爆風に襲われた。爆風に吹き飛ばされて壁に刺さった窓ガラスの破片や猛烈な放射線で焼け焦げてしまったコンクリートの壁、その痕跡を今でも残している。その後、所員やその家族を探して広島市内を歩き回り原爆症という放射線障害で亡くなったり苦しんだ人々の話はこの本に詳しい。壊滅したヒロシマを不自由な体を押して新型爆弾による被害やそれがもたらした”黒い雨”の調査を進める中、気象レーダーもまだない時代、突然にその大嵐がヒロシマを直撃した。

ヒロシマの原爆被害については戦後70年以上の間に数多く語られてきた。しかしその直後にその町を襲い3000人以上の犠牲者を出した枕崎台風についてはあまり語られることがない。その町で彼らはどう生き残っていたのかを感じ取りたくてその場所を目指した。

ボクはそれまで、当時広島にいた父の話を「また原爆の話かよ」とうっとおしく聞き流していただけだったが、気象台跡を訪れ資料館を見て初めてその悲惨さに心を震わせた。百聞は一見に如かずと言うが、それはあの熱線を受け人々の血を吸ったその土地が記憶がボクの心に与えた衝撃なのではないかと思っている。

だからボクはそれからというもの、いいことも悪いことも楽しいことも悲惨なことでも何かが起きた時にはいくら遅くなってもその土地を訪れたいと思っている。神戸の大震災でも東北の大震災でも熊本の地震でも、その時のそこにいた人の心はきっとその土地が記憶していると思っている。