先日、本を読んでいたら「昼ひなか」という言葉があった。ちょっと違和感を感じて読み直してみたが今までに聞いたことのない言葉である。ボクは今まで「昼ひなか」のことをずっと「昼ひなた」だと思っていた。昼間の太陽が燦燦と輝いている日向である。でも考えてみれば「昼ひなた」はおかしい。「昼日中」(ボクは「昼日向」だと思っていたが)は”陽も高い真昼間の時間に”という意味の形容だ。それじゃ曇っている日は日向じゃないからダメだということになる。「昼日中(ひるひなか)」が正しいのだ(何をいまさら)。

子供のころからずっと勘違いしていたことがたくさんある。小学生の頃、自分がまだ生まれる前には自分のおへそと母親のおへそが繋がっていたんだと思っていた。高校生のときに読んだ脚本家の倉本聰さんのエッセイにも同じことが書いてあったので「自分だけが勘違いしていたわけじゃないんだ」となぜかホッとした覚えがある。ただ倉本さんは中年になるまで気づかなかったらしいがボクは中学生の時に間違いだと知った。東大卒も大したことないなぁと思った。

自分が経験したことがない、他人から聞いただけの話には勘違いが多い。諺でも「百聞は一見に如かず」というではないか。自分が経験して自分の目で見なければわからないことはたくさんあるはずだ。でも一見したときに運悪く勘違いして思い込んでしまったことは、あとになってどれだけ「それは間違ってる」と言われても頑なに意地を張ってしまったりする。「だって見たことあるもん!」と言い張る人の勘違いは手に負えない。でもそれを自分に置き換えてみて反省することは殊の外難しいのである。

年齢を重ねるにしたがって勘違いしている経験の数も増えてきて、手に負えない厄介な思い込みが積み重なっている。年寄りがだんだんと頑固になっていくのはそのせいなのだろうか。今日は人の身、明日は我が身。 いや今日は我が身か…。