随分前から東南アジアや中東あたりの国から日本に働きにくる人はたくさんいる。以前は飲食業といってもいわゆる水商売で働く人がほとんどで地方都市の場末の歓楽街にも「フィリピンパブ」などがたくさんあった。フィリピンでは英語が話せる人はちょっと給料のいい仕事につけるのだと聞いたことがある。英語が話せると日本に行って働くという道も出てくる。日本人は片言の英語は話せるがタガログ語などのフィリピンの現地語を話せる人はほとんどいない。日本で働けばフィリピンの何十倍も稼げると言われてやってくる人も多いという。

日本の歓楽街に集まってくるそんな彼女たちの声を取り上げた番組が30年以上も前に放送されたことがあった。

「ユメモッテニッポンキタケド、イイコトナンテ、ナニモナカッタヨ」

「日本に行って稼いでお金持ちになる」と出稼ぎにやってきたとあるフィリピン女性の話だ。ニッポンに来たはいいけれど劣悪な労働環境で奴隷のように働かされて、母国への送金すらままならず、日本人社会の中で孤立してしまう有様をレポートしたものだった。

多くの日本人はガイジンというと西洋人のことを思い浮かべる。しかし最近では観光客もそうだが、街中のコンビニや食堂、郊外の工場にも中国人や韓国人、東南アジアからもタイ人やベトナム人、インドネシア人やバングラディシュ人たちがたくさんやってきている。ラーメン屋やコンビニに入れば、店員さんが日本人よりもガイジンの方が多いことはもはやフツーだ。

そんなこんなで少しは意識も変わってきているが、テレビCMや雑誌広告に出てくるガイジンはそのほとんどが白人であり西洋人だ。アフリカ人やアラブ人、アジア人が出てくる時は決まって”貧困”や”紛争”、”虐待”を訴えるNPOや公共広告機構のCMだ。たぶん今でも残っている西洋へのコンプレックスがそうさせている。西洋人(白人)が格上で日本人を含めたそれ以外は格下だと無意識のうちに思っている。

ボクが育ったヨコスカという街は敗戦後、アメリカ海軍の街になった。空母が入港しているときには、街中に黒人も白人も日本人も入り乱れて普通に歩いていた。日本人以外はどちらも体が大きくて怖そうだったが、ランチに入ったピザ屋で隣に座った黒人の手のひらが白いことを知った時は驚きだった。彼らは黒人も白人も子供には優しかった。さすがに「ギブミーチョコレート!」の時代ではなかったが、学校で習った片言の英語を使って彼らとコミニュケーションをしていた。

だからたぶん”基地の町”に育った日本の子供にとって、白人と黒人の人種によるギャップは他の日本人に比べると小さいような気がしている。その頃はアメリカ人ばかりだったが最近では中国人やベトナム人などのアジアからのガイジンに触れる機会の方が多い。ところが多くのオジさんたちがそういうガイジン労働者に対しては乱暴な口調で命令したがる。それが仮にフランス人だったらそんなことはしないだろう。

日本人がいまだにそういう意識を持っているということをとてもカッコ悪く感じている。