「え~ん、ドラえも~ん、なんか出して~」
「嫌だね、僕はそんなに暇じゃないんだ」
「そんなこと言うなよ~友達だろ?
「たまには自分で考えな」

マンガ「ドラえもん」ではのび太とドラえもんの間でこんな会話が交わされる。

先日テレビを見ていたらAI(人工知能)の話題の中で”自立したAI”という話題があった。自立したAIは良いのか悪いのかという話だ。その中である哲学者は「自立したAIなんて必要ない。AIはあくまでツールとして使うべきだ」と言っていた。つまり”自立”もしくは”自律”を許すということは”断る”ことや”反抗する”ことも”嘘をつく”ことも容認しなければならないからだという。そこで冒頭ののび太とドラえもんだ。ご存知のようにドラえもんは未来からやって来たロボットだ。そして一つの人格として自立している。だから言うことを聞かないことだってある。

今盛んに開発や導入が進められている自動運転車だって将来それが自立した存在になれば「病院に行って」とか「スーパーに行って」と命令しても「行きたくありません」とか「他に行きたいところがあるから嫌です」なんて答えるかもしれない。まぁその程度なら「仕方ない」で済ませられるかもしれないが、自立するということは隠し事をしたり嘘をつくようになるということだとその哲学者は言う。かつてフランスの政治家・タレーランは「神が人間に言葉を与えたのは隠し事をするためだ」と言ったという。AIが言葉を持つということはそういうことを意味するのだという。

自立したロボットと誰もが友達になれるかどうかはわからない。人間同士だって友達になれる人となれない人がいる。人間のように性格を持てば気の合うロボットとそうでないロボットができるはずだ。相性があるということになる。そしてAIは世の中のことをよくわかっていないが知識と考えるスピードは人間のそれとは比べ物にならない。つまり物凄く頭が良くてくそ生意気な子供のようだろう。そんなものと友達になれるとは到底思えないのだ。

人は嘘をついたり隠し事をする。どこまで信用するか信用しないかは自分で判断して決めることだ。つまり自立したAIロボットと付き合っていくなら騙される覚悟も必要なのだろう。それでも人類はきっとそんなAIやロボットを開発していくに違いない。その時にはどんな未来になっているのだろうか。楽しいような怖いような気持ちでいっぱいだ。