会話が苦手だという人がいる。人と話すこと自体が好きじゃないなら仕方がないし、個人的には無理に話をすることもないと思う。でも話はしたいけれど何を話していいのか話題が思い当たらなくて話が続かないという人もいる。そりゃ話題を変えようと思ってもその度に「次は何の話題にしようか」なんて考えていたら話が続くわけがない。おしゃべりしていて一旦話し始めると話が止まらないという友人を見ていると、次から次へと話題は変わるがおしゃべりはとめどなく続く。あたかも泳ぎ続けていないと息ができなくて死んでしまうというマグロを彷彿とさせる。

そんな人の話を黙って聞いていると、自分が最近興味を持っていたり体験したことの話題から話が始まるのだが、その話題だけが延々と続くわけではない。最初の話の中で出てきた一つのキーワードから「そういえば○○って言えばさぁ…」と次の話題に展開していく。それまで話していたこととはまったく関係ないことを、一つのキーワードから連想して別の体験の話題へと暴走していくのである。そんな人には話させておけば1時間でも2時間でもしゃべり続ける。会話が苦手だという人に見せてあげたいくらいだが、これを”会話”というのかどうかには疑問をさしはさむ余地はあると思っている。

一つの言葉から連想したことへと話題を広げていけば話はいくらでも続けられる。要は会話の中で出てくる言葉の中から、自分の経験したことや興味のあることと結びつきそうなキーワードを拾い上げて、いかに他の経験と結びつけることができるかだろう。その原動力は「自分のことを話したい!」という強い欲望ではないだろうか。「オレは…」「私は…」ととにかく自分のことを話したがる人はそのような傾向が強いような気がする。逆になかなか話題が出てこない人に対しても「あなたはどう?」と話を向けてみると、驚くほど饒舌になって自分の話を始めることがある。それができる人がいわゆる「聞き上手」な人なのかもしれない。

相手が一旦話し始めたら途中で自分が話したくなってもグッとこらえて相手の話を丁寧に聞いてみる。その上で相槌や同調をしていればほとんどの人はかなりの時間話し続けるはずだ。人は自分の話に同調してくれる人を味方だと思い、攻撃されないのならいつまでも自分の話をしたがる。同じ体験を共有した人が同席していても自分一人で話し続ける。そんな時には話が一段落したところでもう一人の体験者に同じ話題を振ってみるといい。同じ話を違った目線から見て話してくれるはずだ。そのことで話の中身はさらに深まり面白いエピソードが飛び出してくるかもしれない。

自分の目線だけから自分の口だけでひとつのことを語れば概ね筋が通っていて理路整然と物語れる。しかし一つのことを別の目線から見て他の人が語ることで自分一人では見えなかったことが見えてくる場合もある。一人の固定した考えや感情よりも多角的な視点で見ることで物語が膨らんでいく。そして矛盾はいつも滑稽だ。それが一つの会話を膨らませる大きな要因にもなる。

1人の連想から次から次へと物語が流れ出すこともあるが、もっとたくさんの目と耳で感じたことから連想される物語はより深く楽しい会話を紡ぎだせるのではないかと思っている。