「自分が好きな色と自分に似合う色は別です」と言われた。その人はカラーコーディネーターだった。そんな話は若い頃にも聞いたことがある。その時もカラーコーディネーターの人だった。ホテルのブライダルセクションに勤めていた頃、半年に一度の割合で”ブライダルフェア”という催しを行っていた。その時のまさに”色物”として呼んだのがカラーコーディネーターだった。朝、オープン前の朝礼が終わってから会場内にスタンバイしていたその人と雑談のように話したのだ。

確かに服や髪型、持ち物や果ては話し方まで、人は”自分らしい”と思って選んだものを着たりヘアサロンでカットしてもらったりする。”自分らしい”と思うのはとりもなおさず「自分に似合う」ということだ。人は誰でも自分をよく見せようとする。老け顔だと思えば若々しい髪形を、童顔だと思えば落ち着いたシックな服を着ようとしたりする。しかし他の人からどう見られているのかはあまり考えない。「その髪型、似合うよ」と言われても自分が気に入らなければ好きにはならない。

自分のことは自分が一番よく分かっていると思っている。そうかもしれない。生まれてから一番長く付き合ってきたのだから一番の理解者である。そんな自分が”似合う”と思っているのだから間違いないはずだ。しかしあなたは大きな勘違いをしている。自分に似合った服や髪型、化粧をするのは誰に見せるためなのだろう。中には鏡に映る自分の姿を見てうっとりする人もいるだろう。でもほとんどの人は他の誰かに見られたいのではないだろうか。いやそれは語弊がある。誰かに見られても恥ずかしくない格好をしていたいと思っているのではないだろうか。

鏡に映る自分の姿を「恥ずかしい!」と思ったとしても見られているのが自分だけなら何とも思わない。他の誰かに見られていると思うから恥ずかしいと感じる。でもその時に見ているのは他の誰かであって自分ではない。だとすれば自分が自分を見てどう思うかより、見ている他の人がどう思っているかの方が重要なんじゃないかと思う。他の人から見た印象こそが”本当の自分の姿”とは言えないだろうか。

他人が見ている自分と自分が思っている自分はおそらく別なのである。自分はこういう人間だと内心では思っていても他人からは違う目で見られていることは往々にしてある。自分に似合う服や色だって”自分から見て”自分に似合う色や服なのであって他の人から見たときには違っていたとしても不思議ではない。あなたが100%のナルシストならそれでもいいかもしれないが、他の人から見た印象をちょっとでも気にするのなら他の人の意見を聞いてみることも一つのアイデアだ。

それをアドバイスしてもらうのは必ずしもカラーコーディネーターやファッションのプロである必要はない。普段のあなたの内面を、あなたの求めている方向を理解してくれている友人の何人かに尋ねてみてはどうだろうか。たぶん尋ねた人の趣味趣向によって方向性は違うだろうが、それぞれにあなたのいい面を引き出してくれる貴重な意見になると思う。あなたのことを明るく楽しい人と思っている友達と、頼りになる人生の先輩と思っている人、弟や妹のように幼さやある意味での未熟さがあなたの魅力だと思っている人ではアドバイスも違ってくるはずだ。

でもそのすべてがあなたを魅力的に見せるひとつひとつのファクターなのだと思う。人の魅力の一つは多様性だ。あなたの様々な魅力を引き出してくれる友人たちに尋ねてみるのは楽しみでもある。そしてあなたもその友人の魅力を引き出してあげられる一人になれるはずだ。