テーブルマナーというものがある。ボクは以前、ホテルに勤めていたことがあるのでその時には社内研修としてテーブルマナーの基本だけは教わったことがある。もう細かいところは忘れてしまったが、幸いなことにその後もマナーに煩い席に行く機会もなかったので事なきを得ている。マナーの基本とは理にかなった動作ということと相手に対する慈しみの心だと言われている。有名な話だが19世紀、英国のビクトリア女王は晩餐会に招待した相手の異国の貴族が、テーブルの上にあったフィンガーボウルの意味が分からず中の水を飲んでしまったのを見て自分も平然とフィンガーボウルの水を飲んだのだという。ご存知のようにフィンガーボウルとは食事の前後に手の指を洗うためのもので飲むための水ではない。しかしビクトリア女王は相手に倣って同じことをした。マナーは相手に恥をかかせるためのものではない。

日本にも古くから作法はあった。室町時代から続く礼法の家元・小笠原家総領家は有名だで茶道や書道、武道など広い分野で作法や礼法を守ってきた。以前に漫画家のサトウサンペイさんが書いた「スマートな日本人」というマナーの本に書いてあったのだが、サンペイさんが初めて外国旅行をした時に行きの飛行機の隣の席に偶然座ったのが当時の小笠原流の家元だったそうである。当然機内でサービスされるのは機内食であり作法も礼法もあまり関係なさそうなものなのだが、隣に座った男性の食べる仕草があまりにも綺麗だったので気になって声を掛けたらしい。そこで聞いた話がその本の中にも出てくるのだが、そこで作法とは理にかなった動作と相手への思いやりの心だと話されたのだそうだ。

卑近な話だが、居酒屋でお造りを頼んだとしよう。お皿にお刺身が綺麗に盛り付けられてテーブルに運ばれてくる。そしてめいめいに醤油を入れる小皿が付いてきた。小皿にお醤油を入れたあとあなたはどうやってお刺身を食べるだろうか。テーブルに置いた小皿に口を近づけて食べるかもしれないし小皿で醤油をつけて箸で口元まで運んでくるかもしれない。しかし小笠原流をはじめとして”正式な”マナーでは和食の場合は小皿を手に持って口元に近づけて食べるのが決まりだという。もちろん握り寿司などでも同じだ。それは「食器は手に持つ」という日本の文化が作り上げた作法なのかもしれない。

一方、洋食では食器を手で持ち上げるのは品が悪いこととされている。もっともあの大きな皿を手で持ち上げて食べる姿はあまり想像できない。しかし皿に口を近づけて食べようとすれば日本では「犬食い」と呼ばれて行儀が悪いとされている。たぶんそれは西洋でも同じだ。だからといってナイフとフォークでテーブルの上から口元までソースの滴る肉片を延々と運ぼうとすれば、途中でフォークから外れてテーブル上に”ビチャ”っと落下するかもしれないしソースが飛び散って服やテーブルクロスを汚すかもしれない。そこでボクはいつも悩むのだが、少しだけ体を前傾して皿の上空から肉片を外さないようにして慎重に食べている。でも非常に緊張するので料理の味はあまりわからなくなってしまう。その点気を使わないで済む小笠原流はすばらしい!(笑)

日本では基本的に食器は手に持つのが正しいとされている。汁物などは食器に直接口をつけて飲む。飲むときにズズズッと啜っても文句は言われない。しかしそのような作法の国は日本以外では珍しい。もっとも西洋、アジア、インド、中東、アフリカなどを含めて食事の基本は手掴みだ。箸を使う文化の根源はどこにあるのか知らないが中国や韓国と日本くらいではなかろうか。それだけを見てもガイジンから見れば日本は異文化の国である。

手をお皿のようにして口に運ぶいわゆる「手皿」は作法からすると正しくない、と最近あちこちで言われ始めた。無作法なのだそうだ。その訳を尋ねると「手の上にソースや汁などが滴れた時にお手拭きで拭くことになる。それはお手拭きを汚して店の迷惑になるからだ」という。アホらしい、そんな訳のわからない理由がまかり通ると思っているのだろうか。今日び、お店のお手拭きなど専門のリネン業者がまとめて持って行って機械でまとめてクリーニングして持ってくるものだ。汚れようが汚れまいがお店に迷惑など掛からない。ひどい時にはお客さんが使い終わったおしぼりで閉店後にキッチンの掃除をしたりしてドロドロになったおしぼりをリネン業者に持って行ってもらうことだってある。手に付いたソースを拭って気にすることなどない。

作法というものは元々「そうやると都合がいい」から生まれてきたものだと思う。茶道も書道も基本的な人の動作は理にかなっている。漢字やひらがなの書き順は毛筆で書いた時に一番自然で書きやすい順番になっているだけだ。茶道の作法も一つ一つにムダな動きがないように組み立てられているだけだ。それが長い歴史の中で改良され進化して今に至っている。だから今の時代では別のやり方の方が都合がいいのなら、古くからの作法を変えたところで問題はないと思っている。それよりも古いやり方ばかりに拘って、理にそぐわない手順を踏襲することばかりを気にするのは本末転倒ではないのだろうか。

「手皿は失礼だ」とネットを見るとあちこちに書いてある。誰に失礼なのかそんな根拠も薄弱なことをありがたがって信用する必要はない。それより、食べようと持った肉片から焼肉のタレが滴ってお気に入りの服に大きなシミを作ってしまう方がバカバカしいと思わないか。