今年の春の大型連休もようやく終盤戦。世の中は10連休という人も多かったらしく日本中の観光地が人で溢れているらしい。高速道路や新幹線も大渋滞したり軒並み満席になっているという。もちろん国内外の空の便も大混雑だ。それでも人は出掛けたがる。ゴールデンウィークに限らず盆暮れ正月、秋の連休もどんなに渋滞に巻き込まれようともたくさんの人が出掛ける。もちろん故郷に帰省して親族に会ったり旧友と親交を温めたりすることが目的の人もいるだろう。素晴らしい眺望を求めたりゴルフやスキーなどのアクティビティを楽しみにしている人もいるだろう。もちろんそれらは旅の大きな目的だ。

しかし目的地に着くことだけが旅の目的だろうか。ドラえもんの「どこでもドア」があったらみんながそれを使って瞬間的に移動してしまうだろうか。ボクはあまりそうは思わない。もちろん毎日の通勤や緊急の要件があるときには目的地に着くことそのものが目的になる。しかしそうではないことだってある。いわゆる不要不急の外出というやつだ。必ずしも絶対に目的地に行く必要もないし時間に追われているわけでもなければ、人は移動することそのものを目的だと感じることもある。

昔、放送作家の永六輔さんが言っていた。「知らない横丁を一つ曲がれば、それはもう旅」だと。いや永さんの物まねをしていたタモリさんの言葉だったかもしれない。しかしそれは何とも的を射ている。ある科学者によれば、景色が変化すると脳は喜ぶのだという。それは今まで経験したことがなかったり非日常を感じさせる刺激なのかもしれない。毎日の通勤電車から見える景色にワクワクを感じる人は少ないだろう。でも朝、最寄りの駅に着いてから「そうだ、今日は仕事をサボっちゃおう!」と思って、職場とは反対方向の電車に飛び乗った時には軽い興奮をおぼえるかもしれない。それは時として、後で上司や同僚から怒られるかもしれないという不安をも凌駕するほどの冒険だからだ。

もちろん家の近所の景色なのだから見たことのない風景ではない。それでも自分にとっては、その時間に職場とは反対の方向に向かって進んでいく電車の窓から見える景色に快楽を感じるかもしれない。その時にはそれこそ目的地もない”逃避行”だ。目的地もないのにただ移動しているというそのことにだけ脳が感じる”過程の楽しみ”だ。だから「どこでもドア」ができたとしても人は快楽のために古いやり方で移動することをやめないのではないだろうか。

最近ではVR(仮想現実)によって車でドライブに行く体験ができるようになってきたという。ボクはまだそんな経験をしたことはないが、実際には部屋の中にいるのだから車が走り出す加速感や道路の凸凹、窓から入ってくるそよ風や香りを感じることはないはずだ。それでも人は移動する楽しみを感じられるのだろうか。ボクは非常に懐疑的なのだが、できる事ならそんな経験もしてみたいと思っている。