義務教育とは「子供は初等教育を受ける義務がある」ということではない。保護者は「自分の子供に義務教育を受けさせなければならない義務がある」ということだ。すなわち”大人の義務”である。子供が”教育を受ける義務”ではない。時々大人でもそのあたりを勘違いしている人を見かける。ボクが小学生の時、学校をズル休みした生徒に向かって「義務教育だから子供は学校に来る義務がある」と言っていた先生がいたがそんなのはウソっぱちだ。そういうウソを言うから先生は子供から信用されなくなる。

憲法第4条で定められている義務教育には国民が”自分が保護者である子供に対して初等教育を受けさせる義務”と、国や自治体は公立学校で初等教育を無償(授業料を取らない)で提供する義務があることが明示されている。子供には何の義務もない。勉強する義務などないのだ。でも多くの子供が一所懸命に勉強する。

日本国憲法や関係法令では義務教育を「9年の普通教育」と述べている。その9年間とはもちろん小学校中学校の6年間+3年間を指すのだが、奇しくも室町時代に能の先達である世阿弥が記した「風姿花伝」にも”子供の教育は7歳から始めよ”と書かれている。7歳といえば現代では義務教育が始まる頃である。そして日本ばかりか(というか明治以降に日本が海外から教育制度を輸入したのだからアタリマエだが)世界中の多くの国でも初等教育は7歳頃から始められている。

6歳くらいまでは人間として生きていくための基本的な知恵と経験を得て人格を作っていく時期だから、それが終わって多少人間らしい分別ができてから”学ぶ”ということを始めた方がいいだろうということだ。それが今から800年も前の室町時代に言われていたことを思うと「人間など時代が過ぎても大して変わらないのだな」と思う。

先日、テレビでAI(人工知能)の開発者が話していたが、AIにとっては”優先順位をつける”、”効率的に作業する”、学習する”などというどちらかといえば大人の方が得意なことをやらせることは比較的簡単なのだそうだ。逆に”物を掴む”というような子供でも簡単にできることをやらせるのは最も難しいのだという。

人間の子供は生まれてからしばらくするとハイハイしたりよちよち歩き出す。その頃になるとおもちゃの積み木を触ったり、穴があれば指を突っ込んでみたりする。うちの子供も1歳の頃に、組み立て式本棚の使っていないビス穴をいつの間にか見つけて、家の鍵を持ってきては穴に差し込んでグルグル回していた。小さかったビス穴はいつの間にか何倍にも大きくなった。恐らく大人が玄関の鍵穴に鍵を差して回すのを見て真似をしたんだろうと思う。幸い電話はまだ固定電話だけしかなく、子供の背の届かない場所に取り付けてあったのでいたずらされることはなかったが、知り合いの家では勝手にテレホンショッピングに電話をかけてテレビを100台も注文しようとした2歳児がいたらしい。もっともコールセンターの担当者がすぐに子供のいたずらだと気付いたので大事にはならなかったらしいが、子供はそんな経験を果てしなく繰り返しながら人間になっていく。

そのために必要なものは長い時間と”何でもやってみる”という果てしない経験なのだそうだ。棒のような細長いものを掴むとき、大人なら棒の重心は真ん中あたりにあるだろうとわかっているので中央辺りを掴もうとするが、そんなことを知らない子供は棒の端をつまんで落としてしまう。ヌルヌルと滑りやすいものを持とうとすれば、大人なら両手で掬うように持ち上げられるが子供はなかなか持ち上げることが出来なかったりする。そういった人間として生きていくための基本的な経験を積むのがいわゆる未就学児童の発達にとって大切なのだという。しかしそういう話を人工知能の開発者から聞くというのも不思議なものだ。

そして小学校、中学校、高校と勉強はもちろんだがたくさんの友人を作ったり、クラブ活動などを通して協調や努力、それによってみんなで何かを達成することの喜びを学ぶ。そのことが人間として生きていくための最低の知恵だけではない、生きることの楽しさや喜びを醸し出してくれるはずだ。ボクにとっては高校までにできた友人たちが人生の中での大きな支えになることが多かった。それはまだ社会に出る前の打算や駆け引きのない純粋な関係だったからかもしれない。何十年も経って久しぶりに再会したその頃の友人とは、一瞬であの頃に戻って「だからさぁ~」などと途切れていた会話を始められるのだ。

そのための基本になっているのはとりもなおさず義務教育だ。ボクは高校までずっと地域の公立学校に通った。最近では私立がいいとか一貫校がいいとかいろいろな意見があるが、それは時代とともに子供も社会も価値観が変わってくるのだからどちらがいいのかボクにはわからない。どちらにしても義務教育や高校でたくさんの友達との素敵な経験や思い出を大切にして育って欲しいなと思うのだ。