ボクが東京の大学に入ったばかりの頃、同期の友人は大学のために地方から東京にやって来た人が多く、首都圏の公共交通機関には不案内な人も多かった。とある地方都市から上京してきた友人が「東京の電車の中ではタバコ吸ってる人を見ないけど、吸っちゃいけないわけじゃないよな?」と言いだしたときにはさすがに面食らった。東京はおろか神奈川を走っていた東海道線や横須賀線だってボクが小学生の頃には全面禁煙になっていた。私鉄はもちろんのこと、国鉄の電車の中でもタバコを吸うことなど既にありえないことになっていたからだ。そして数少ない東京生まれの友人も北部の練馬区辺りに住んでいたので、南の三浦半島に向かう京浜急行(京急)には乗ったことがないと言っていた。

当時のボクは実家のあった三浦半島の横須賀市から京浜急行で通学していた。ご存知のように横須賀にはアメリカ海軍の基地があり、京急には普段からアメリカ兵と乗り合わせることが日常の光景だ。そこでボクは友達をちょっとからかってやろうと思って「京急の一番後ろの車両は黒人専用だから気をつけろよ」と言った。すると東京生まれの友人までもが「マジかよ!?」とひどく驚いたので逆にボクの方が狼狽してしまい、「そんなことあるわけねーだろ」とすぐにウソを白状した。しかしそんな話をすぐに信じるほど昔のアメリカの人種差別の話は誰もが知っていた。

ボクがかつて通っていた中学には京急に乗って通学していた。朝の登校時間、学校の最寄り駅に行く路線では一番後ろの車両は何となく男子生徒専用だった。これは「男女7歳にして…」という儒教の教えのためではない。最寄り駅の出口は電車の最後尾の更に後ろ側にあった。学校までの通学路もあまり広い道ではなく、おしゃべり好きで歩くのが比較的遅い女子が先に駅を出て歩きはじめると、男子との歩くスピードの差で通学路に”追い越し”が頻発して道路が渋滞するのだった。それを予防するために生徒たちが考えた暗黙のルールだ。そのあたりの体験から思いついた冗談だった。

あまりご存じない方のために当時の横須賀の街の様子を説明すると、横須賀は米軍第7艦隊の空母の母港であり、過去にはミッドウェイやカールビンソンなどが使っていた。今は原子力空母ロナルド・レーガンの母港になっている。米軍の空母をご覧になった方はお分かりだと思うが、その大きさは正に超ド級である。その飛行甲板は休憩時間にアメリカ兵がソフトボールに興じるほど広く、最大排水量は10万トンを超え、飛行機乗りを除いた乗組員だけでも3000人を優に超える。だから空母が入港している間は横須賀の街にはアメリカ兵が溢れるのだ。

ボクが高校生だった頃には、アメリカンピザのチェーン店であるシェーキーズ横須賀店の客の大半はアメリカ兵だった。彼らはとにかくデカかった。そこには白人も黒人も入り混じっていたが、高校生のボクらにとっては彼らの肌の色云々ではなくその体と声の大きさに恐れを抱いたものだ。しかし昼間に街中を歩いていたアメリカ兵は概して陽気で子供にも優しかった。ボクらも学校では英語を習っていたはずなのに彼らと英語で話すことをしなかったことは返す返すも勿体ないことをしたと今でも後悔している。

アメリカ人は京急の駅や電車の中はもちろん、ベース(米軍基地)の外に住んでいる軍属も多く、実家の近所にも何人かのアメリカ人家族が住んでいた。だからたぶん他の地域に住んでいた子供よりはガイジンに対する違和感は少なかったのだろうと思う。その中には白人も黒人もいたが見た目には彼らの間にも隔たりはなく、ボクらも一緒になって遊んでいた。しかし世にいう”黒人差別”のようなことは見たことがない。

日本は島国であり長い間、基本的に単一民族の国だった。最近では中国や東南アジアの国などから移り住む人も多くなってきたが、そもそも日本人とガイジンの2種類であり、マイノリティだったガイジンの中での区別は基本的にない。中には西洋人とアジア人を区別しようとする人もときどき見受けられるが日本人の中ではどちらも”ガイジン”だ。だから日本人とガイジンを区別することはあっても黒人と白人を区別する習慣はない。そんな中で”自由の国・アメリカ”でいまだに黒人差別が横行しているという話を聞くにつけ、日本人のボクは大きな違和感を覚えるのだ。

歴史の教科書にはアメリカの奴隷解放宣言やキング牧師の公民権運動の話が載っていたので、高校生になる頃には、少なくともアメリカでは人種差別などはとっくの昔になくなったものだと思っていた。 クー・クラックス・クラン(KKK)など昔の映画の中の話だった。ところが今でもなお”白人至上主義”を標榜する人は少なくないというのだ。

”白人だけが優れている”という主張には全く根拠がない。しかしボクらが子供の頃には日本人を”ジャップ”と呼び”イエロー・モンキー”だと言ってバカにするアメリカ人は多かった。有色人種は生まれながらに下等で野蛮な生き物だという思想は恐らく今でも少なからず白人の中に残っている。そんなアメリカの闇を掘り起こして見せたのがアメリカのトランプ大統領だ。それほどまでにまだアメリカ社会は順守差別に関しては未熟だということを我々に示した。

しかし一方で最近の日本人はどうなのだろう。東南アジアやインド、中東からやってくる人を安い給料でこき使って顧みない姿は時としてアメリカの奴隷制度を彷彿とさせる。もちろんすべての外国人労働者が酷い仕打ちを受けているわけではないだろうが、公共制度から何から日本語でしか手続できなかったり、運転免許試験も普通免許など一部の資格以外は日本語以外には対応していないところも多いのが現状だ。これも”世界語”ではない日本語を話せない”ガイジン”への一種の差別ではないかと思うのだ。住む部屋を借りるにしても日本人とは比べ物にならないくらいハードルは高い。

「オモテナシ」も大切なことだと思うがそれ以前に日本に住むガイジンの、もっと基本的な生活の部分から差別をなくすことに我々はもっと努力しなければいけないと思う。