インプットとアウトプットという言葉がある。その言葉の通りインプットは入力でアウトプットが出力だ。これを自己啓発などの場面に当てはめると本を読んだりセミナーを受けたり学校に通うことがインプットであり、テストを受けたり論文を書いたり聴衆の前で発表したりすることがアウトプットになる。今の日本人は子供の頃から学校に通い教科書を読み授業を受けて莫大な量のインプットを受けてきた。一方でアウトプットしたのはほとんどがペーパーテストに限られている。英語の勉強にしてもそうだった。単語や文法を覚えて和訳したり英作文を作ったが英語で演説したり会話をする機会はほとんどなかった。

いくら本を読んでも偉い先生の話を聞いてもビデオを見て勉強してもインプットばかりでは身に付くことは限られている。昔から言われているように「やって見せ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は動かじ」とは旧日本海軍の連合艦隊司令長官・山本五十六(いそろく)元帥の言葉だと言われているが、人を育てるにも同じことがいえる。手本を見せて説明しても実際にやらせてみないことには身に付かない。スポーツもルールや動き方をいくら本やビデオで覚えたところで自分ができるようにはならない。まさに「畳の上の水練」である。念のために書いておくが「水練」は水泳の練習のことである。

自分でやってみることを繰り返さなくては何事も上手くなることはない。英語で”練習”のことを”practice”というが元はラテン語の”practice”すなわち”実地、実際”という言葉から来ている。言われるまでもなく「練習しよう」と言っているのに本を読み始める人はいない。”実際”にやってみてこその練習だ。そして何度も練習することによって身に付くのである。これは予行演習でも訓練でも同じことだ。例えば避難訓練。火事や地震が起きた時には決められた避難場所に移動することが事前に決められていてそれが十分に頭では理解できていたとしても、実際にやってみようとすると数々のトラブルが発生する。予想していたこととは違うアクシデントが起きて事前の計画通りには進まないことが多い。そのことを訓練で発見しておくことが目的だ。「訓練なんてやらなくたって大丈夫だ」と言う人にはそのことが全く分かっていない。

作り上げたコンピュータシステムもリリース(公開)するまでには数々のテストを繰り返す。最初は疑似的に作ったテストデータをインプットしてみてシステムの動きを確かめる。その時点で浮かび上がった問題は都度修正していくのだが、最後のテストは本番データという実際のデータを使って実際の運用の中でテストする。すると問題を浮かび上がらせるためにわざわざ作った意地悪なデータでも発見できなかった問題点がすぐに続々と出現するのだ。それほどまでにテストデータなどあてにならず予想外の事態はそこら中に転がっているのだということを痛感させられる。

先日、沖縄上空の航空管制システムを新しく関西の管制システムに移行しようとしてトラブルが発生した。影響は西日本全体にも広がって大問題になった。あとで調べてみたところシステムのテストはテストデータだけで行っており実際のデータを使ったテストは行わなかったということだった。こんなに大きなインフラに関わる作業に対して認識が甘すぎたと言わざるを得ない。本来であれば事前のテストデータを使ってテストした上で稼働当初は新旧のシステムを同時に二重にして稼働するダブルオペレーションをするべきだった。ややもすれば人命にかかわる大事故を引き起こしかねない重大な瑕疵だ。関係者の責任が厳しく追及されてしかるべき事案と言える。

すべてのことは自分で実際にやってみることを繰り返して上達する。繰り返してやってみることで新しい発見もある。予想もしなかった悪い事態はもちろんだが今まで考えもしなかったアイデアが浮かんでくることもある。だから何かをやろうとするならとにかく何も考えずに繰り返しやり続けることに尽きるのだ。それが上達への王道だ。