身の回りの大人に身近な何かについて「絵で説明してください」というと大抵は「絵心がないので」と言って断られる。最近読んだ本によると、人は10歳前後まで絵を描く能力は自然に伸びていくらしいがそれ以降は一部の人を除いて自分で努力しない限りは成長しないのだという。だから多くの大人が描く絵は子供のそれと大して変わらない。なるほど納得である。ボクが”お絵描き教室”に通っていたのはまさにそれくらいまでの年齢であったが、特に絵を描くことが好きで通っていたわけではなく「友達が通っていたから」という子供にありがちな通俗的な理由だ。それにその後、絵を描くことに積極的に関わったことがないのでボクの描く絵は幼稚園児の描く絵とほとんど変わらない。

最近、思うことあって絵の勉強をし始めた。といっても基礎の基礎だ。絵を描くためのテクニックを勉強しているわけでもなく色彩の勉強をしているわけでもない。それは絵を描くための”心構え”を勉強し始めたといった方がいいかもしれない。教室に通っているわけでもないので本を読んで実践するだけだ。いわゆる半分自己流である。絵を描く道具ももともと家にあった鉛筆や製図用のシャーペン、消しゴムなどを使っている。スケッチブックは小さいものを新たに買ったが数百円の出費だけだ。

絵なんてものは中学校の美術の授業以来で簡単なイラストすら描いたことがないし、学校には絵の上手い友人も周りに何人かいたが必要な時にはお願いして描いてもらうことが多く、その時も「やっぱり美味いなぁ」と感心することはあっても自分で描けるようになろうとは思わなかった。そもそも絵の才能がないボクが少しばかり頑張ったところで描けるようになるとは思えないのである。しかし簡単な文章でも絵のようなイメージがあるとより分かりやすく伝えられることは決して少なくないので、できる事なら自分の頭の中にある”絵”を現実のものとして具現化したいという気持ちはずっと持っていた。つまり絵は描けた方がいいに決まっているのだ。

ネットでちょっと検索してみるとやはり絵が苦手な大人はたくさんいるらしい。「絵が得意になる方法」のようなサイトやBLOGが山のように出てくる。水彩画や油絵もあるがデッサンのやり方などを詳しく解説しているサイトもたくさんある。デッサンや水彩画は子供の頃にもやったことがあるのでおおよその雰囲気は分かっているつもりだが本格的にやろうとすると色々と難しいテクニックもあるらしい。そして何よりも”根気”が必要そうだ。でもボクは”本格的に”絵を描こうと思っているわけではない。自分の頭の中にあるイメージを簡単に形にしたいだけだ。根気も時間も無尽蔵にあるわけではない。そこでとりあえず「クロッキー」というのをやってみることにした。クイックに簡単な絵を描く技法で特別な道具もいらない。

まずは簡単なものから始めたつもりなのだがやっぱり絵も「習うより慣れろ」だ。たくさん描かなければやはり上手くはならない。その点クロッキーは向いている。1枚の絵を30秒ほどで完成させるのだが最初から隅々まで丁寧に描き込んでいく必要はない。パッとイメージがわかる程度にラフに描いていくが、最初は30秒だとハードルが高いので1分ほどの時間をかけてやっている。1日5枚ほど描くのだがほんの5分ほどのエクササイズだ。

天気が良ければ鉛筆とスケッチブックを持って外に出てみる。公園や河原などに行くとイーゼルを立てて本格的に風景や花を描いている人も見かける。しかしボクが目指しているのは文章を補える程度のイメージなので数十秒で特徴をとらえてパッと描ける程度の簡単なもので十分だ。クロッキーはその練習に最適である。

今まではスマホもあるし「記録するなら写真に撮っておけばいいじゃん」と思うことが多かったのだが、写真では伝えたいこと以外の情報が多すぎて主題が目立たなくなってしまうことが不満だった。背景や人物が写り込んでしまったり天気によっては光の具合が常に思い通りになるわけではない。それならば30秒くらいで簡単な絵にしてしまった方が手っ取り早いということもある。それに写真だとパシャっと撮ればそれでおしまいだが絵にするとなるとよく見なければ描けない。フィルムカメラとデジタルカメラの違いのようなもので粗製濫造ができないわけだ。

冒頭で”絵を描くときの心構え”という話をしたがこのことはボクにとって目からウロコが落ちるような思いだった。例えば人の顔を描こうとするときには「目はこうで鼻がここにあって耳の形は…」などと一人でつぶやきながら描くことが多かった。しかし絵を描くにはまず「考えない」ことが大切なんだという。描いているものを言葉で説明しようとすると”見たままの姿”で描くことができなくなるらしい。見たままを描く。”見たまま”ってなんだ?ということだが、輪郭ならどんな角度でどんな丸さでどれくらいの長さで…と見たままをスケッチブックの上に描いていくのだ。余計なことは一切考えない。そういえば中学校の美術の時間に先生に写生していると「ちゃんと見て描け」と言われた。ボクはいつもちゃんと見ていたがそれでもうまく描けなかった。つまり”ちゃんと見る”とは物の本質を見るのではなくその形や大きさなどを”見たままに”描くということだったらしい。あれから40年も経ってやっとそのことがわかった。ボクの中学校の美術の成績は5段階の2だった。

「ちゃんと見る」ことの意味がやっと分かってきた。頭で考えて描いていては絵は描けないのだということが分かってきた。ボクは遠近感のある立体を絵にしようとしていたのだが、つまるところ絵とは立体を透明なガラス窓を通して見た時にガラス窓に見えたままを写し取るようなものだというのだ。

今は毎日、見たままを無心に描く練習をしている。もちろんまっすぐに線を引いたり綺麗な円弧を描くにはそれなりの練習も必要だが、まずは見たままの姿を忠実にスケッチブックの上に再現する練習をしている。ほんの5分ほどの時間なのだが今では絵を描くことが楽しくなってきた。