気がおいも

何の番組だか忘れてしまったが、先日テレビを見ていたら視聴者からの投稿に「気が重い」って思うときに「気がおいも」って口に出すとつい笑っちゃって気分がポジティブになるという話があった。何だか女子高生のアホらしい日常会話のようだがそれを聞いた瞬間にはつい笑ってしまった。別にお芋が重いわけではなく気分がお芋なわけでもなく、何の意味のない言葉なのだが、言葉の響きがそこはかとなく可笑しい。

気が乗らない時はおそらく誰にでもある。その原因が分かっているときもあればただ何となくやる気が起きなかったり頭が冴えなかったりするのだ。そんな時ボクはうんうん唸って考え続けることもあるがあっさりとあきらめて他のことを始めることもある。頑張って続けているとポコッと答えが出たり気が晴れることもあれば1日中考え続けても何も浮かばないこともある。一方であきらめて別のことを始めると気分が変わって新しいことを思いつくこともあるが、結局何も変わらないということもある。

一つのことから別のことを思いつくということを「連想」という。連想するには今考えたり見たりしていることに対してどこかで関連性のある、いや自分が関連しているように見える別の何かを知っていることが前提だ。他に何も知らなければ連想するものが出てくるはずがない。

かつてNHKで「連想ゲーム」という番組があった。正解とされる言葉についてキャプテンが正解の言葉を連想させるヒントを出し、男女が白組と紅組に分かれてその答えを競い合うゲームだった。単純なゲームだが出演者の考え方や普段の行動まで推測できるような面白い答えが続々と出現した。俳優の大和田獏さんと岡江久美子さんはこの番組の中でも好敵手で、ここで共演したことから結婚に至ったともいわれている。

一つの言葉や出来事から連想されることは人それぞれに違う。自分が興味を持っているようなことは連想しやすいし過去の経験から思い出されることも多いはずだ。北海道に旅行に行った人はカニと言えばタラバガニや毛ガニを思い浮かべるが、北陸出身の人はズワイガニ、鳥取に転勤したことのある人は松葉ガニを思い浮かべるかもしれない。これは人間の脳の深層学習の過程の違いで起きることで一般に広がっているAIの普及段階でも起きていることだ。

人の脳はこの世に生まれ出た瞬間から数々の学習を始めるという。お母さんの体内でほぼ真っ暗な状態で空間を認識することもできなかった状態からいきなり3次元の世界に放り出されるのだ。自分の手足を動かすことで視界が変化することや何かに触るという感触も分かるようになる。そうやって「世界」というものを理解して解析していく100年ほどの旅を始めるのだ。経験することは人それぞれにすべて異なっていてたとえ双子であろうとも全く同じ経験をするわけではない。それらの経験の中から異なった知識を取り入れて記憶していく。それが連想の力となって新しい技術を開発したり芸術を生み出していく。

AIが発達してきたら我々がそれを一つの個体として認識して対等に付き合うような世界ができるかもしれない。そんな時代になったらボクはAIを相手に連想ゲームをやってみたいものだと思っている。人間にはできないような経験からAIが連想するものはどんなものなのだろう。

先日、紅組キャプテンだった天地総子さんが亡くなった。白組のキャプテンだった加藤芳郎さんもこの世を去って久しい。とても頭を使う面白い番組だった。感謝するとともにご冥福を祈りたい。

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