効率一番、電話は二番、三時のおやつは…

業務効率化と聞くと、今やっている業務をいかに素早くこなすかということばかりに執心する人がいる。もちろん早くこなすこともある意味では重要な効率化の手段である。毎回、集計用紙に数字を書き込んで手で計算して合計や平均、最大値、最小値、偏差値を出すのなら、エクセルなどでシートに入力して一発集計した方が格段に速い。しかも翌月にも同じシートを使って集計ができる。そしてだんだんとエスカレートしてきて「入力を自動化しよう」などと考え始め「データベースから自動で入力シートに流し込めるようにしよう」などと考えたりしているうちに気が付くとシステムの奴隷になってしまっていたりする。目的と手段の履き違えは密かにあなたを狙っている。

効率化の目的とは何だろう。人の根源的欲求の一つに「物事を効率的にこなしたい」というものがあるが、要するに分かり切ったことを何度も繰り返しやるような単純作業を自動化したり、一度やればコピーを作って無駄な時間を減らせるようにしたいということもあるのだと思う。何度も同じことを繰り返しやらされるのは面倒くさいと感じるのだ。そう考えると効率化とは”面倒くさい仕事をやらないで済むようにする”ということに他ならない。しかし一番の効率化とは素早く物事をこなすことではない。とにかく早く終わればいいというわけではない。間違いなく正確に丁寧にやって、失敗をリカバリーするような無駄をなくすことだ。効率化したつもりでもその裏にとんでもない失敗が隠れていることもある。

毎回同じことを繰り返す、毎日同じことをやる、毎週同じ集計をする、そんな仕事なら随分前から”コンピュータで処理する”ことで効率化が進められてきた。だからいわゆる「事務職」の仕事は30年前と比べれば格段に面倒くさくなくなっている。製造現場にもコンピュータ制御のロボットが数多く導入され、こちらも面倒くさい仕事がほとんどなくなった。それでも現場に行けば「面倒くさい」という声は以前と変わらずに聞こえてくる。一つの仕事が効率化されればそれ以外の仕事が面倒くさく感じられるようになる。そんなに仕事が嫌なのなら全部AIロボットに取って代わられて自分の仕事がなくなることに文句など言わなければいいのにと思うのだがそうもいかないようだ。

「効率化」の名のもとに「手抜き」をする人もいる。そもそも「効率化」と「手抜き」はまったく別のものだ。手抜きは「やらなければいけないことなのにやらずに済ます」ことだ。早くやろうとするあまりにやらなければいけないことを省略しようとする。手抜きをする本人は「省略」というが実は省略ではない。陸上競技でトラックの周りを走らなければいけないのにショートカットしてズルするようなものだ。省略とは「やってもやらなくてもあまり問題にならないことをやらずに済ますこと」だが、手抜きは「やらなければいけないことなのにやらないこと」だ。それは「チョンボ」でしかない。違反行為であってやってはいけない行為だ。なのに「面倒くさいから」とやらずに済ませてしまう。最近、社会で大きな問題となっている事件や事故はほとんどがそうした「チョンボ」が原因である。民間に限らず”自称エリート”の中央官庁でもしょっちゅう問題を起こしている。

手抜きをする一番の原因は、物事に対して誠実に向き合うことを”省略”してしまったからだ。かつて日本人は「誠実」や「正直」を美徳にしてきた。それが効率第一主義の下で「何が大切で何を省いていいのか」が分からなくなっている。いま一度立ち止まって、あなたが今、効率化しようとしているものは本当にやらなくてもいいものなのか考えるべき時に来ているような気がする。

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