時代はいつも過渡期なのだ

今度は国家公務員の定年を65歳に引き上げる法律が検討されているという。年金の支給開始年齢もかつては55歳だったのが60歳に引き上げられ今では男女ともに65歳になっている。今後も少子高齢化が進むことを考え合わせれば近い内に70歳になることはほぼ間違いないだろう。国や自治体の制度などはいつの時代にも目まぐるしく変わる。変わることによって損をする人もいればあまり関係のない人もいる。得をする人は少ないがそんな時にはいつも「今は過渡期だから仕方ないよね」と言われることがある。過渡期だから文句を言わずに我慢しなさいというわけだ。

しかしよくよく過去を思い返してみると、社会も経済も法律もすべてのものは常に過渡期だ。学校の受験制度や就職制度も常に過渡期だった。裏を返せば常に変化していくものに後追いで対応しようとして制度を変えるからあらゆるものが過渡期になるのだ。

かつて神奈川県ではア・テストという学力テストが県内の中学生全員を対象にして行われていた。その結果が高校進学にあたって大きな比重を占めており、その他に中学時代の学校に成績(いわゆる内申書)の評価を含めると入学試験などはほんのお飾りというのが実際のところだった。今はその制度がどのように変わってきたのか詳しくないが、おそらく社会情勢に合わせて変わってきたに違いない。それによって「良かった」と思った子供もいれば「冗談じゃないぜ」と思った子供もいたことだろう。

もっとも太平洋戦争に敗戦した時には進駐軍の占領政策によって日本の教育制度は大きく変わった。学校では先生が「今まで教えていたことにはちょっとウソがあったから、これからみんなで教科書を塗りつぶそう」と言って墨で教科書を真っ黒に塗りつぶした時代もあったという。それに比べればまだボクたちが経験した変化などとるに足らないものに違いない。それでもその時の変化の渦中にいる人にとってはほんの少しの変更にも重大な影響を受けるのだ。当事者はいつの時代も「今はまだ過渡期だから(我慢しなさい)」と言われるが、そうすると変化し続ける社会ではずっと我慢していなければならないわけだ。しかしそれは誰にでも課せられた宿命なのだ。長い時間の公平な目で見れば「あの頃の人は幸せだったよねぇ」などということは恐らくない。ある面では幸せだったかもしれないが別の面では圧倒的に不利な状況に置かされていたに違いない。


「経済学の父」と言われるアダム・スミスは「経済というものは市場に任せておくことが一番いい結果になる」と言って「神の見えざる手」という言葉を使った。その後の世界大戦の経験を経て、市場に国家が介入する必要性を説いてケインズ派の経済理論が幅広く取り入れられるようになる。その結果、100年を経て資本主義は富の偏りと資本家による支配が問題になって「資本主義の崩壊」とまで言われるようになっている。そこでハイエクという経済学者は「隷属への道」という著書の中で新自由主義という考え方で、国家は経済に一切介入するべきではないという理論を述べている。

そんな歴史を見ていると結局のところ経済理論には正解などなく、資本主義も共産主義も国家や中央銀行の介入にもいいところと悪いところが混在していて、経済学者や金融の専門家、経営者を含めて誰もが「どうしたらいいのか」がわからないのだろう。

しかし結果だけを見れば、毎朝、早起きをして好きでもない仕事をするために満員電車で通勤する光景を見ていると、果たしてそれが我々が目指していた自由なのかと暗澹たる気持ちになるのだ。

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