常識はブレながら出来上がっていく

今どきの若者と話しているとボクがアタリマエと思っていたことが、まったくもって彼らの中ではアタリマエではないことが普通にある。常識も時代とともに変わっていくものだとは思っていたがこれほどまでに根本的な違いが生まれてしまうのはなぜなのだろうと不思議でならない。先日も太平洋戦争の終戦記念日のことを知らない若者がいた。しかも一人ではない。7~8人いた人たちの中で半分は知らないというのだ。ボクたちが子供だった頃には終戦からまだ20数年しか経っておらず、両親を含めて周りの大人たちは多かれ少なかれ戦中戦後の体験をしていた。

小学校や中学校では”悲惨な戦争”と”暴走した旧日本軍の悪”といったものを叩き込まれた。日本国憲法の前文を暗記させられ平和な日本であることの大切さを教え込まれた。「愛国心」という言葉がすべてを悪くした、と言われ続けた。そんなボクたちの世代にとっては太平洋戦争はまだ”歴史”にはなりきっていなかった。「大化の改新」の年号を覚えたり「2.26事件」とは違っていた。だから終戦記念日も”自分たちのもの”の一部として”常識”だったのだ。

しかし考えてみれば祖父祖母の時代には日清、日露の戦争もあったわけだがボクもその戦勝記念日どころか正確な年号すら覚えていない。教科書では通り一遍に勉強し暗記したのだがすっかり忘れてしまった。「203高地」の映画だって何度か観ている。それでもそれは時代劇を見ているように他人事なのだ。自分のものになっていない経験は”常識”にはならない。

その時に話をした若者たちとは40年ほどの世代の差がある。彼ら彼女らは平成も半ばになった頃に生まれた世代だ。ボクたちが子供の頃には日本でもクリスマスはケーキを食べたりプレゼントを貰ったりする習慣は既にあった。しかし最近流行りのハロウィーンなど聞いたこともなかった。ところが今の若い世代にハロウィーンは”常識”になっている。ボクが学生だった頃まではとても盛んだったバレンタインデーは最近ではすっかり下火になってしまった。”常識”は常に変化している。

「今どきの若いモンは」とは中途半端に年を食った嫌味な中年オヤジの決まり文句だが、その嫌味な中年オヤジも若かった頃には先輩の中年オヤジに同じことを言われていたのだ。世代が違えば経験してきたことも違うし大切だと思うことも違う。人それぞれ好みが違うように常識だと思うことも変わってくるのだ。

常識は価値観によって変化する、と思っている。冒頭の、太平洋戦争が終わって戦後日本が復興してきた頃には「戦争を知らない子どもたち」というフォークソングが流行って中学校の合唱大会でもみんなで歌った。しかし今ではかつて戦争に行って戦った経験のある人はほとんどいなくなり空襲や食料の配給などの内地での戦争体験を持っている世代すら減っている。日本中が「戦争を知らない子供たち」ばかりだ。全員が戦争というものを知らない時代になれば「悲惨な戦争」も忘れられて常識ではなくなる。

海外には紛争が続いて多くに人の命が簡単に奪われてしまっている地域がまだまだ多い。ボクたちの世代は子供の頃に大人から聞かされた太平洋戦争や空襲、疎開での苦労といった話を紛争地からの映像に被せて見たり考えたりしているが、ボクらのさらに子供の世代には太平洋戦争の話はほとんど伝わっていないはずだ。なぜならそれはボクたちにとってさえ戦争の悲惨さが体験を伴った”常識”になっていないからだ。常識だと思っていないことがその次の世代に自然に伝播していくことはない。単なる知識は学習しない限り次の世代には受け継がれない。

ボクたちは「贅沢は敵だ」と教わった世代から「戦争は悲惨だ」と教えられる一方で、「科学技術の進歩は人生を豊かにする」「いい学校に入って大会社に勤めて大金持ちになろう」「贅沢は素敵だ」という時代を生きてきた。古い価値観と新しい価値観の間で常に行ったり来たりを繰り返しブレながら生きてきた。しかしこれはボクたちだけではない。いつの時代も常に変化する価値観の間を揺れ動きながらすべての人達は生きている。そんな中から新しい常識が生まれ古い常識を上書きしていくのだ。

常に変わりゆく新しい価値観の中でブレながらボクたちの新しい常識は生まれてくるに違いない。

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