統計数字の罠

明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたします

「統計学」という学問がある。きちんと学校で勉強したことはないので何となく雰囲気でしか分かっていない。中学生の頃に学校の成績に偏差値なんてものが取り入れられるようになった時に「偏差値ってなんだ?」と思ったのがきっかけでちょっと本を読んだことがある程度だ。それでも個々のデータを取ってグラフにプロットしてみると全体がどのような要素で構成されているのかが朧気ながら分かってくるので見ているだけでも興味深い。統計の初心者がやる勉強の前提はデータがきれいな正規分布になっていることを前提としていることが多いので、M字型や偏差が大きかったり傾向がつかみにくい場合にはあまり役に立たなっかたりする。

統計やデータ分析は面白くて興味深いのだが、これにあまり囚われ過ぎると思わぬ落とし穴にハマることがある。例えば企業での従業員のインセンティブに関して経営層でよく話題になるのが、”仕事で成果を上げた時にお金をあげるとモチベーションが高くなる”という説である。成績や業績が上がったら報奨金を出すという制度の是非について話し合うのだがこれについては賛否両論がある。「従業員はお金が欲しくて仕事をしているのだから報奨金を出せばもっと働くようになる」だの「お金で釣るようなことをするのはすぐに見透かされる」だの侃々諤々だ。いやいや従業員だってバカじゃないから何をやったところで見透かされるんですけどね。

それでも単にお金をあげるというのはイヤラシク思われるから、成績優秀者を表彰したりして本人のプライドを鼓舞したほうが意欲が高まるんじゃないかという意見が出たりもするのだが、結局のところよくわからないでいる。こんな時に「客観的にデータを取って検証しましょう」なんて言う理系出身の人がいたりする。心理学教室では巧妙に被験者に悟られないような方法で実験するのだが、実際の企業ではそうもいかないので「お金がいいですか表彰がいいですか」などというアンケートを取ってみたりする。で実際に回答を集めてみると「現金がいい」という意見が多かったとしよう。「やっぱり金だよ、金!」と社長は我が意を得たりとばかりに報奨金制度を設けたりするのだ。

ここで注意して欲しいのは、このアンケートの結果でわかったのは「金」なのか「表彰」なのかの二択の結果だということだ。それ以外の可能性についてはまったく評価されていない。例えば優良社員を家族旅行に招待するとか翌年には昇進させるとか10日間の休暇を与えるとか、そういったケースのことは検証できない。しかし「データで確認した結果では…」と言われると鵜呑みにしてしまうことが多いのだ。

「データに基づいて」とか「統計的に」などと言われると盲目的に信じてしまいやすいが、肝心なのは”何のデータ”に基づいているのかを知ることなど総合的な目で見て判断することなのである。人は具体的な数字を出されたりしたことについて、わざわざ自分で確認し直すことをする人は少ない。統計でも何でもそうだが数字を提示されたら「その数字は何なのか」「誰が」「いつ」「どこで」「どうやって」「何のために」調べた数字なのかの根拠を確認しなければ何の意味もない。

最近では政府やマスコミでもいい加減な数字を根拠に答弁したり憶測を報道したりしているが「数字に強い」ということは「計算が早い」ということではない。その数字にはどんな意味があって何を根拠にしているのかをきちんと把握しているということである。今年もあちこちでいろいろな数字が発表されると思うが、それらを鵜呑みにしてしまう習慣だけは改めるべきだと思う。

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