威張る人

コンビニのレジで店員のアルバイトを大きな声で怒鳴りつけている人がいた。自分が買おうとした唐揚げのお惣菜が売り切れていたという些細なことでである。年の頃は60代半ば、着ているものもだらしなく初老の男性というより「嫌味っぽいオヤジ」という風体だ。会社を定年退職したものの家では邪魔モノ扱いされて居場所がなく、行くところもないので暇を持て余している感じである。恐らく勤めていた会社でも万年係長どまりでパッとせず部下にも嫌味ばかり言っていたので誰からも重用されず、尊敬もされなかったダメリーマンだったのだろうと思った。と勝手に決めつけたくなるくらいに嫌味な臭気を撒き散らしていた。

気の毒なのは、言い訳することもなく「申し訳ありません」を繰り返すまだ若い学生と思しきアルバイトの男の子だ。最近の若い子はわがままなジジイの扱いには慣れているのかもしれないが、あまりにネチネチと言われては嫌気もさすだろう。もはやここまで来ると公害である。

訳もなく大声を出して威張り散らす人はだいたい想像がつく。それまでの人生の中で、周りからいつもバカにされたり格下に見られているというコンプレックスを持っている人だ。常に自分が弱い立場にいると思って生きてきたから、ひとたび自分の前に自分より立場の弱い者が現れると急に居丈高な態度になる。絶対に反撃されないことが分かっているからだ。ネットの掲示板やSNSに匿名で悪口や攻撃的な発言を書き込むのもこのテの人間が多い。強きにおもね弱きをくじくような最悪の人間に成り下がっている。

学校の成績が悪かった人や職場のヒエラルキーでの階級が低い人は人生でも卑屈になりがちだ。学校の成績など卒業して何十年も経っていればその人とは何の関係もないのに「オレは頭が悪いから」などと自分を卑下したりする。いつまでも過去の自分を引きずって生きている。

人には自分を優れた存在に見せようとする習性があることはここでも何度か書いてきた。だがその見せ方があまりにも幼稚で稚拙だと、却って人からバカにされてしまうことになるということに気づいていない。もっともだからこそ今までの人生でも負け組に甘んじていたのだけれども。

訳もなく相手を罵ったりバカにしたりすれば誰でもいい気分はしないし反抗的な感情を持つ。それは意味なく敵を増やすだけの愚行だ。敵を増やすことは自分にとってリスクを増やすだけではなくチャンスを引き寄せる力をも奪ってしまうことだ。

人は誰でも自分ひとりだけで成功することはできない。自分の周りにいる友人や恩師、パートナーがいて初めて自分も実力を発揮することができ、彼ら彼女らの力を借りてこそ前に進めるのだ。そのためにお互いに信頼しあえる人たちと常に交流を持っていなければならない。そうすれば自分の周りにはたくさんの信頼できる人たちが集まってくるのだ。

安っぽい自己顕示欲で大切な人たちを遠ざけてしまうことは自分にとって最悪なことだ。人はいつも誰かに活かされていることを忘れないでいたい。

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