シャンデリゼとアボガド

♪オー、シャンリゼー、オー、シャンリゼー♪

まだ小学生だった頃、シャンゼリゼ通りが何なのかも知らなかった頃に学校でもらった「歌の本」に載っていたこの歌をみんなで歌っていた。それがいつの間にかテレビやラジオでも「シャンリゼ」と言うようになっていた。シャンリゼじゃなかったのか? フランス語で ”Les Champs-Élysées”。これをを日本語で発音しようとすれば「レ・シャンゼリゼ」なのだが子供の頃はボクらは全員が「シャンリゼ」だと思っていた。まぁ日本語で無理やり発音しているのだからどちらでもいいのだけれども。

アボカドという食材がある。原産国は中央アメリカで英語表記では”avocado”と書く。日本のテレビや雑誌などでは「アボカド」で統一されているが「アボガド」とカに濁点をつけて発音する人も多い。英語を始めとしてイタリア語やロシア語でも似たような表記なので「アボカド」と濁らずに発音するところが多いようだが、これは他国語と違ってアボカドと発音するのは日本語的にはちょっと不自然であり「カ」を「ンが」と鼻濁音を使ったほうが発音しやすいということが関係しているのかもしれない。

鼻濁音はがぎぐげごの「が行」などに使う独特の発音の仕方で日本語に固有なのだという。NHKの出している「ことばのハンドブック」では鼻濁音は「か」に半濁点(゜)を付けて「か゜」というように表記している。以前は「鼻濁音は日本語の発音としては正しくない」と言われていた時代もあったらしいが、ボクは小学生の頃に合唱指導をされていた新井先生に「鼻濁音があることで日本語は美しさを増している」と教わって「なるほど!」と思ったものだ。正しいか正しくないかは時代とともに変わるものだし、正しいかどうかよりも自分が美しいと感じるかどうかで判断することも大切なんだなと思ったのだ。

テレビなどのマスコミが一般的で正しいとしている発音や読み方と我々が普段から使っているものが違っているケースは時々見られる。一番違和感を感じるのは国会議員や中央官庁の役人の発言だ。例えば県知事や市区町村長などを「クビチョウ」と呼ぶ。
化学をバケガクと言ったり市立や私立をイチリツやワタクシリツと呼ぶ言い方は世間でも一般的だが、首長をクビチョウと読む必要はどこにあるのだろう。化学と科学や私立と市立は発音がまったく同じなので区別するために必要だったのはわかるが、首長と市長と首相は発音が違うのだから分ける必要はない。「聞き間違えるかもしれないから」という政治家や閣僚、お役人の言い訳は、はっきりした発音をせずにモゴモゴと不明瞭で的を射ない発言者側に問題があるのではないだろうか。不自然な発音がただでさえ曖昧でわかりにくい国会答弁を更にわけのわからないものにしている。せめて発音くらいは「わかりやすく丁寧に」やってもらいたいものである。

このように1つの単語のなかで訓読みと音読みが混在する読み方を「重箱(ジュウバコ)読み」などと言ったりする。なぜだか理由はわからないが子供の頃から「理性のない読み方」のように感じていた。そもそも訓読みや音読みがなかったり一般的ではない漢字もあるのだからそれはその単語の責任でもなんでもないし、台所(ダイドコロ)や番組(バングミ)、音読み(オンヨミ)だって重箱読みだ。両方が入り混じっていることで日本語の基本的な規則に合わない「不規則発音単語」のようなものかもしれない。どこの国の言葉でも動詞などの不規則な格変化はつきものだし勉強している時には面倒くさいと思ったりするが、日本語に比べれば圧倒的に簡単で数も少ない。こういうことを知るとつくづく日本人に生まれて日本語を外国語として勉強しないですんだ幸運に感謝したくなる。

随分と前の話だが、バラエティ番組で当時おバカキャラで売っていた木下なんとかという女性タレントが学生時代の元カレの話をしていた。当時、北関東に住んでいたという彼女は彼に誘われて東京にドライブに行ったのだという。永田町あたりを走っている時に彼が突然「おっ!お城があんじゃん!お城!お城!すげー!」と叫んだ。彼の目線が向いたほうを見るとそこには国会議事堂が…。「はぁ?あんたバカじゃないの?」。その番組にたまたまゲスト出演していた国会議員の片山さつきが「で、それは何だったんですか?」と尋ねると木下某はなんのてらいもなく「えっ?国会ジギドウ」と答えた。

勘違いは誰にでもある。長い間勘違いしているともはや自分でも疑うことなくそれがアタリマエだと思ってしまう。大人になれば常識になっていることほど、聞いた人も相手の言い間違えだと思って訂正したり注意することもなくなる。そして勘違いは延々と続いていく。先日もまたテレビのバラエティ番組でおバカキャラで売っているまだ20歳位のタレントの女の子が「昔は色がなかったんでしょ?」と尋ねた。司会者が「あぁ昔のテレビや写真は白黒だったな」と答えると「そうじゃなくて世界も色がついてなかったんでしょ?」と聞き直した。「はぁ?」。司会者は笑いながら「じゃあいつから世界に色が付いたと思ってるの?」と逆に質問したら「戦後すぐくらいから段々と…」と答えた。そうか戦前の世の中は色のない世界だったのか。まぁどうでもいいことは勘違いしていてもあまり問題はない。

世の中にはいろいろな人がいる。おバカキャラも昔は事務所の指示でやらされてるンだろうなと思っていたが、最近の電車の中での高校生の会話など聞いていると「まんざらヤラセではないんじゃないかな」と思うようになってきた。それでもそんなくだらない話題でバカ笑いできるのならそれはそれで呑気で幸せな国なのかもしれないと思うようにしている。

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