来年のカレンダー

12月ともなると来年の準備もしなければならない。部屋のカレンダーは3ヶ月表示のものが壁に1つ、卓上に1つ置いてある。居間やトイレのカレンダーも入れると結構な数になるが、トイレのカレンダーは毎年、知人が海の中の生物の写真で作ったオリジナルカレンダーを作ってプレゼントしてくれるので今回も密かに期待している。すでに10年以上も続いている長期企画だが、ありがたいことだ。

来年は5月から元号が変わることがあらかじめわかっているので急に昭和から平成になったときのような混乱は少ないだろうが、それでも多くの関係者をはじめシステム関係のエンジニアにも苦労があるに違いない。もっとも昭和から平成になった時点でシステムも元号制から西暦に変えたところもあっただろうが緊急の対応の中でどれほどのシステムが万全の対応をしたのかは大いに疑問だ。もちろん、いわゆる「2000年問題」でも改修したところはあっただろうが、人はつい目の前の問題だけに着目するので”ついで”であっても他のことに関わり合おうとは思わないものだ。

ボクはどちらの時もシステム開発や保守の最前線を離れていたので直接的にシステムの改修を行うことは少なかったが、当時から運用されていた色々なプログラムやシステムは複雑怪奇に関係しており、以前に担当していたボクのところにもひっきりなしに問い合わせが入り相当に苦労した覚えがある。

さて来年のカレンダーを用意した時にあなたは来年のことをどう感じるだろうか。1月から12月までの365日を想像してその頃の自分の姿や環境を想像したりすることもあるだろう。「3月までには…」「GWは…」「9月になったら…」などと仕事やプライベートの大まかな計画を考えるかもしれない。ボクはせっかちで貧乏性なので割と先の予定まで決めてしまうことが多い。来年も4月と9月はすでにかなり細かくスケジュールが入っていてそれに沿って順次準備をする予定だ。

しかし日本人以外のガイジンは先の予定など決めないという。ドイツ人でもこの週末の予定がせいぜいらしい。人にもよるがブラジル人などはいつも行き当たりばったりだという。「先のことなんて決めたってその通りにならないから」なんだそうだ。確かにスケジュールは相手がちゃんと約束を守ることが大前提なので相手がいい加減だと成り立たないに違いない。

日本人はわりと律儀に約束を守る人が多いし(中にはまったく守らない人もいるが)先々を計画して気分を盛り上げて行動する人が多いのでプライベートでも1ヶ月先の予定が入ることなどザラにある。ガイジンも日本に来たら相手の計画に自分の予定も含めてもらわないと誰とも会うことができないかもしれない。

予定を入れるにしても物事には優先順位がある。どうしても避けられないことや大切なこと、とりあえず予定しておくこととどうでもいいことが混在している。予定は先着順で入ってくるからどうでもいいことが先にスケジューリングされることもある。その後にもっと大切な予定が入ってくればどうでもいいことを別の日に動かしたりキャンセルして調整する。だからボクのスケジュール帳は長い時では数年先まで予定が入ることもある。だから紙のスケジュール帳は使えない。

ボクは優先順位に関係なく予定が入った順にGoogleのカレンダーに書き込んでいく。何年先の予定でもダブルブッキングすることがあればその場で調整する。だからスケジュールでしくじることはほとんどない。

ただそのための絶対条件は、新しいスケジュールが入りそうな時には予定を含めてどんなに些細なことでも必ずその場でカレンダーを確認して書き込むことだ。ダブルブッキングしてしまった予定をあとから見つけ出したり調整するには大きな苦労と労力が必要だ。しかしその場で調整できればほとんど苦労せずにすむ。業務効率化である。

そしてカレンダーは仕事やプライベートも含めて一元化しておくことだ。時々、仕事の予定とは別にプライベート用の手帳を持っている人を見かけるが、休日だと思っていたところにやむなく仕事の予定が入ってしまったらその予定はプライベートの予定表には反映されない。プライベートと仕事のスケジュール帳を別にしていたらダブルブッキングを起こしてしまうかもしれない。そしてそのうちに仕事の予定は忘れられてトラブルを起こすことになるのだ。先は見えている。「予定は絶対に忘れない!」と豪語していた人がいたがボクはその人から何度もドタキャンを食らったことがある。「ダブルブッキングしちゃったから仕方がない」と言い訳していたが、もうその人とは付き合いをやめた。

データの一元化は重要なことだ。別の話だが「消えた年金問題」でも個人の年金データを名前で管理していたために同姓同名や一人分の年金データが複数に分かれて登録されることになり国を挙げての大問題に発展したことはみなさんの記憶にも新しいだろう。データベース技術者から見れば「データの一元化」という基本中の基本からできていなかったということで開いた口が塞がらなかったのを覚えている。基本設計の段階から大失敗しているのだ。

「データの一元化」などというと「私は文系だからよくわからない」と言う人がいるが、約束を守れるか平気で破る人なのかは理系も文系も関係ない。自分の信用に関わる問題なのだ。

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