AIにも予想できないこと

テレビ番組の中で経済アナリストが「リーマンショックのようなことはAIには予想できない」からこの先も(経済アナリストは)人間の仕事として残ると自慢げに言っていた。しかし誰もが知っているようにリーマンショックはどの経済の専門家にも予想できなかった。「AIにできないからこの仕事は安全(AIに仕事を奪われない)だ」と言っている人を見るとちょっと滑稽に見えてくる。今のところはAIにもできないがそれ以上に人間にはできないことはいくらでもある。この先も自分がAIに追い越されないという自信があるからそうやって自分を安心させる行為はわからないではない。だから何だって話ではあるけれど。

巷では「AIは(我々の仕事を奪っていく)敵だ」的な発言があちこちで見られるようになってきた。そのたびに「この仕事はAIにはできない」「これは人間にしかできないからオレの仕事は奪われない」なんてことをつぶやく人が増えている。そうかもしれないしそうでないかもしれない。そんなことはわからないし仮に仕事がなくなったからといってそんなに大きな問題なのだろうか。

日本でも高度経済成長の頃からロボットやコンピュータが発明されてなくなった仕事はいくらでもある。そのはるか以前にも車や鉄道ができて駕籠や飛脚はなくなった。電卓ができてそろばんはなくなった。デジタルカメラができてフィルムはなくなった。インターネットができて印刷もなくなるかもしれない。でも人はそんなことくらいで潰れてしまったりはしない。

逆にそれらがなくならなかったら我々は未だに単純労働だけに忙殺され生産性は上がらず体はボロボロになり休む暇などなかったはずだ。しかしいつしか週休2日制は普通になり給料もそれなりに上がり仕事だって楽になり余暇を楽しめるようになった。それで私たちは絶望しただろうか。全てとはいわないが少しは余裕ができて幸せになったのではないだろうか。

なのにAIの話になるとムキになる。工場にロボットが導入される時、この先工場労働者は解雇されて生活できなくなると散々言われた。確かにたくさんの工場労働者が解雇された。しかしその時にやっていたような仕事に今、仮に求人を出してどれほどの人が集まるだろう。一頃言われた3K(きつい、暗い、汚い)の仕事を好んでやろうとする人がどれくらいいるだろうか。ロボットは確実に文句も言わずそんな人間の労働を肩代わりした。ロボットが働くようになったおかげで人は休めるようになったのではなかったか。AIにだってもっと前向きな感情を持てないだろうか。誰かに不安ばかりを煽られてイライラしクヨクヨして下を向いていることはないと思うのだ。

AIは実用化されてからそんなに熟成しているわけではない。まだまだ進化過程にあるテクノロジーだ。恐らく今の時点では人間の全脳と比べてたら数十分の一から数百分の一のパフォーマンスしかないだろう。まだまだ人間の脳に代わることのできない能力もある。しかし人類はもの凄いお金とマンパワーをかけてAIを開発し続けている。今の最先端のテクノロジーのひとつといっても過言ではないし、かつてのコンピュータがそうだったようにインターネットと並んで21世紀を代表する技術の一つになるだろう。そして近いうちにはAIがAIを開発する時代がやってくるかもしれない。

ボクらが子供の頃の未来予想図には透明なチューブの中を自動運転の車が走りボタンを押せばどこへでも好きなところへ連れて行ってくれ、別のボタンを押せば壁が自動で開いて最高に美味しい料理が配膳される様子が描かれていた。朝早く起きてぎゅうぎゅう詰めの通勤電車に乗って会社に行って上司に怒られながらやりたくもない仕事をやらされる未来なんて誰も描かなかった。なのにそんな未来に確実に近付こうとしているテクノロジーを目の前にすると途端に恐れおののいて「仕事を奪われる」「仕事がなくなる」と騒ぎ始める。

そんなものに対してムキになって「あいつはダメだ」的な発言を繰り返す人を見ていると「この人は別のことでもダメになっていく人なんだろうなぁ」と思わざるを得ない。なぜ新しいものを頭から否定しようとするのだろう。それは自分で自分自身の恐怖心を煽っているからに他ならない。

子供の頃の純粋な気持ちになってもっとポジティブに考えないと、さらに心の病に侵される人を増やすばかりだ。”笑う”ことは人間だけが持っている素晴らしい性能なのだから。

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