歳をとると視野が狭くなる

人は加齢とともに視野が狭くなるという話を聞いたことがある。恐らく人だけではなく多くの動物もそうなんだろうが、人間ほど長生きするものは少ないので視野が狭まる前に天寿を全うしてしまうのかもしれない。しかし視野が狭くなるのは生物学的な”目”の機能に限らない。周りを見渡す視力が衰えると悲しいかな精神的に周りを見渡す能力も衰えてくるように感じる。

思想や考え方はその典型的な例だ。視野が狭くなると頭が固くなって柔軟な考え方ができなくなってくる。新しいものを受け入れられなくなってくる。世に広く「頑固オヤジ」と言われるのはそんなことも関係しているのかもしれない。どうすればいいのか。

元々、現代の日本人には新しいことを始めたり出来るかどうかわからないことにチャレンジしようとする精神が少ないのに、視野が狭くなるとそれに輪をかけて新しいことや知らないことにチャレンジしようとする意欲がなくなる。今までの生活や習慣を変えたがらなくなるのと同じように頭の中も硬直して違う考えや新しいアイデアを柔軟に受け入れられなくなる。他の誰かと様々な物事について議論しようともしない。自分を否定されることで傷つきたくないんだという人もいるが自分と異なる考えを聞くことがなぜ自分を否定されることになるのか、ちょっと言ってる意味がわからない。意見が違えば相手がなぜそう思うのかを知る絶好の機会になるのにだ。

他国の人からは一般に日本人は親切だと言われる。しかし時にレールから外れた人間には平然と冷たい態度を取ったりする。自分の属する種族ではない人には知らんぷりをして手を差し伸べることがほとんどない。仲良しグループだけが自分の世界のすべてだと思いこみ平然とよそ者をいじめたり無視したりすることもある。

他の人とのコニュニケーションが比較的ヘタクソだといわれている日本人が頭の中まで固くなって自分とは違う考えを受け入れられなくなったら手に負えなくなるかもしれない。

常に新しい考えや自分と違う考え方に触れていくには、他人の意見は最後まで聞いて誤解しないように自分なりに理解することと、自分の意見を誤解されないように主語や動詞をできるだけ省略することなく相手に伝える努力を続けることが大切だと思っている。そして相手が言っていることがわからなかったり曖昧であれば遠慮なく質問してウヤムヤにしないようにしなければいけない。相手の意見に迎合して心にもないことを口にしたりおもねるようなことをすれば、必ずや自分の考えや信念に一貫性がなくなって自分ですら自分が何を考えているのかがわからなくなってしまう。

世の中は「○でなければ×」というようなさばけた世界ではない。その間には様々な色の濃淡があるものだし、それは相手にとっても同じことだ。そのことをわかった上で議論をすることが視野を狭めないようにする上で大切なことのような気がしている。

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