砂糖とかシュガーとか

先日、カフェで隣のテーブルに中年とお年寄りの女性3人組が座った。中年女性の一人はちょこまかと動いて全員の飲み物や食べ物をテーブルに運んでいる。もうひとりの中年女性が「ちょっと落ち着いて座ったら?」と言ったが彼女は聞いているのかいないのか「砂糖とかシュガーとかいる?」と言っている。あとの二人はそれを聞いて「いらないわ」と答える。

なんだか笑ってしまった。誰も話なんてまともに聞いちゃあいない。砂糖とシュガーは同じものだ。たぶん本人は「砂糖とかミルクは…」と言いたかったのだろう。でもそれを聞いたはずの二人も何事もなかったように答えている。普段のどうでもいい他愛のない会話なんてそんなものだ。

それって同じことじゃないんですか?
自分で何を言っているのかわかっていますか?
先日始まった国会答弁でも政治家たちは同じような会話を繰り返している。いや彼らの場合はわざとそうしていることが多いので答弁する前から話す内容はほとんど分かる。委員会や本会議は最初から筋書きのあるやり取りに過ぎず落とし所もない。だから最初の5分を聞けばあとはもう聞いている必要はない。どうせ何も決まらないのだ。決めないことを最初から決めている。

自分が何を言っているのかを全く意識していない人。口だけが勝手に動いているだけだ。頭で考える前に声が出ている。つまりそもそも伝えたいことなどなかったのだ。そんなものをいくら一生懸命聞いても何も伝わってこないし何を言っているのかすらわからない。聞くだけ時間の無駄だ。雑音以下である。

会話によってその重要度は違う。言われたことをキチンと聞いて行動しなければならないときもある。でも普段からぞんざいな会話をしている人は訓練ができていないから重要なことなのかどうでもいいことなのかの区別がつかない。大切なこととどうでもいいことをごちゃまぜにしている。

それでいてあとになって「そんなことは聞いていない」と平然という。いや、さっき言ってましたから!と関係もないのに脇から指摘したいほどだ。でもボクは大人なのでそんな子供のようなことはしない。周りの人たちはもっとずっと前から何も言わなくなったのだろう。言ったところで本人の性格は変わらないし指摘した自分が不愉快になるだけだ。そうしてそんな人には誰にも注意しなくなる。言っても仕方ないと諦められてしまうのだ。

何も考えずに相手の言うことも聞かず口だけが勝手に動いているような人は相手に何かを伝えようという気がない。伝えたいと思っているなら「どうしたら伝わるだろう」と考えるはずだ。自分の口から出た言葉を検証することもなく喋り続けるのは自分に無頓着であるばかりか無責任でもある。だからそんな発言を聞いたときは最初から何も信用しない。

どんな状況でも人が集まるとだいたい2~3割の人はこんな状況だ。テレビやメディアのお知らせになると1割も伝わらない。そして伝わらない人はいつも同じ人だ。訓練をしてこなかった人だ。彼らは何度同じ失敗を繰り返しても懲りない。でも仕方がないのだ。そもそもそんな人なのだから。

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