塗り絵文化

お子さんの夏休みの自由研究は無事終わっただろうか。先日テレビで千葉県の農業大学校でピンク色のバッタを見つけて繁殖させたという話をやっていた。このバッタは単為生殖といってメスだけで子孫を増やせるらしい。ミツバチなんかも受精していない卵からは働きバチが生まれるらしいので昆虫の世界では珍しいことではないのかもしれない。
最後にキャスターが「お子さんの自由研究にしてみたらいいのではないでしょうか」と結んでいたが、大きなお世話だと思った。自由研究は”自由に”テーマを選んで”研究”するのであってテーマを選ぶことにも大きなウエイトがあるのだ。オトナに押し付けられたテーマなどクソ食らえだ。

このバッタは研究所の中の閉鎖された空間で研究されている。研究の成果をある程度噛み砕いて一般に公開するとのことだが、それはあくまで研究者が研究した結果を公開するのであって、結論や途中経過が報告されるだけだ。研究とはテーマに沿って仮説を立ててそれを検証することである。オトナから与えられたテーマと示された結果から何を研究するのだろうと不思議に思った。

子供の頃に塗り絵をやった方も多いだろう。保育園や幼稚園の頃、まだ1人では絵らしい絵を描くことができなくても輪郭を象ってある塗り絵に色を塗ることなら比較的簡単にできる。逆に小学生ともなると自分の好きな絵を自由に描きたくなって塗り絵から離れていったように思う。

小学生の頃、友達の間で近所の”お絵かき教室”に通うことが流行し、御多分に洩れずボクも週に1回土曜日の午後に通っていた。テーマはその日によって異なり静物の写生だったり「未来の世界」だったり牛乳瓶などのガラス瓶の内側に彩色して一輪挿しを作るといったバラエティに富んだ内容だった。

最初に教室に通い始めた頃、通学の途中で見る風景といったテーマで絵を描いていたのだが、鉛筆で下書きをした後に水彩絵の具で色付けする時にボクは鉛筆の下書きに沿って黒い絵の具で輪郭を縁取り始めた。すると教室の先生で女流画家だったカイヅカ先生が歩み寄ってきていきなり「何やってる!これじゃ塗り絵だよ!」とすごい剣幕で怒った。

それまでボクの中の世界では絵といえば塗り絵のことであり輪郭を縁取るのは普通のことだったのでビックリした。ボクは先生に「でもいきなり色を塗ったら重なってるとこが色が混じって汚くなるじゃん」と口ごたえした。すると先生は「混じって何が悪いの?」「それが絵なのっ!」とピシャリと言いきった。

それから先生はアトリエにいたボクたち生徒全員に向かって話し始めた。
「君たちは誰かに与えられた枠組みに決まった色を塗ることがしたいんだったら教室になんて来ることない。自分で自由に好きな絵を描いて好きな色を付けてそれを誰かに見せたいと思ってるからここに来てるんでしょ? 誰かが書いた塗り絵帳に色を塗るようなことをするならここから叩き出すよ!」
そんな先生の描く絵は常に椅子をモチーフにした絵が多かったが、それは悪魔の座りそうな椅子だったり小さな女の子が似合いそうな椅子だったりと様々だった。

何を始めるにも最初は模倣から始めることが多い。先人の成果を真似ることから何かを学び自分自身の肥やしとすることから始める。しかしある時、単なる”真似”から抜け出して自分の色を付けたくなる。「オレだったらこっちの方がいいな」とか「あたしならこうする」といった個性が芽生え始めて独自の世界が作られ始める。

多分この時先生は「そろそろ他人の言いなりにばっかりなるのはやめて、あなたの好きなものを好きなように自由に描くことに舵を切りましょう」と言いたかったのではないかと思っている。考えすぎだろうか。

塗り絵文化、誰かが枠組みを作ってあげないと中身(色)を塗れない若者ばかりが育ってしまうことに危機感を持っていたのかもしれない。ボクらの世代も常にオトナに与えられた枠の中で育てられてきた。勉強でも趣味でも進学でも就職でも決められたいくつかのコースの中から選んで進んできた。あたかも売られている塗り絵帳の中からいくつかを手に取って選ぶように。

もちろんそれは悪いことではない。人生の選択を誤らないようにオトナが自分たちの知恵を授けようとする結果でもある。しかし何から何まで与えられたものだけを選び自分で考えたり発想することを忘れてしまえば、没個性のコピー人間ばかりになってしまうのではないだろうか。

日本の産業や研究が衰退していることと無関係だと言い切れるのだろうか。受験戦争を戦っていい大学に入り、いい会社に就職することだけを誰もが目標にしている。前車の轍を踏むことは確かに効率のいいやり方だが轍の行き着く先はもう決まっている。時には轍を抜けて野原を自由に駆け回ることも大切だと思う今日この頃なのだ。

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