仕込みが9割

先日、亭主が料理人という女性に聞いた話だが、家に帰ってきた亭主が「夕食は簡単に冷やし中華でいいや」と言ったのだという。それを聞いて奥さんは急にムカっと来たのだという。恐らく世間の多くの男性はなぜ機嫌が悪くなったのかすらわからない。また別のサラリーマンの奥さんは夕食に冷やし中華を出したら「こんなモンは晩飯じゃない!」と言われ頭にきて皿ごとゴミ箱に投げ捨てたらしい。近所のコンビニに走って弁当を買い温めもしないでダンナに投げつけたんだという。新婚ホヤホヤのスィートな夫婦ならまだしも薹(とう)が立った中年夫婦はなかなか難しい。

冷やし中華はインスタント麺でも作るのがなかなか面倒だ。具材一つ用意するにも普通の家庭では簡単にチャッチャッという訳にはいかない。冷蔵庫からキュウリを出して洗ってから細く刻んで、冷蔵庫から出した玉子を溶いてフライパンで薄く焼いて刻んで錦糸卵を作って、お湯を沸かしてこれまた冷蔵庫から出した鶏肉を茹でて、冷めてから細く割いて、冷蔵庫から出したトマトを洗って切って、それからお湯を沸かして麺を茹でて茹で上がったらそれを冷水で冷やしてから具材を盛り付け、付属のタレがあればそれをかければいいが、なければこれまた自分で調味料を合わせて作らなくてはいけない。そんな事を一つ一つやっていれば30分から40分はゆうにかかる。現実は差し替えの料理も用意されておらず3分クッキングのようにはいかないのである。そもそもそれだって材料が家の冷蔵庫に揃っていればの話だ。全然簡単ではない。

現場を知らない人間が「ササッと簡単にやってくれればいいから」などと脳天気なことを言うから揉めるのだ。そんな事を平気で言えるのは普段から何もやっていないからだ。冷やし中華なんて店で食べるかコンビニで買ってくるくらいしか考えられない人間だ。「何が簡単なもんか!」「自分でやってみろ!」と言いたくなる気持ちもわからないではない。しかもクソ暑くてイライラしている夏の夕方である。

テレビの料理番組では魚も肉も野菜も全てを前もって仕込んである。全て下処理を終えて刻んでボウルの中に入っている。最後に鍋で合わせるところだけをやって「ほらこんなに簡単にできます」というが仕込みのすべてが済んでいるのだから簡単に出来てアタリマエなのだ。「最後に刻んだネギをパラパラっと散ら」すのも既に刻んだネギが用意されているから一瞬でできるだけだ。
何事も仕込みが9割だ。家で作るには仕込みから何から全てのことを一からやらなければならない。料理人であっても店で小僧たちがが既に仕込んでおいてくれた具材を鍋に入れて振るだけとはわけが違う。仕込みが済んでいればほとんど出来上がっているようなものなのだ。

これは別に料理に限らない。サラリーマンだって自分ひとりで仕事ができているわけではない。自分のデスクの上に、自分の持ち場に仕事が廻ってくるまでには多くの人が下ごしらえを済ませてくれているのだ。

たまには誰のおかげで今の自分の仕事ができているのか考えたほうがいい。すべてをお膳立てして完成させるだけに仕込んでくれたのは自分ではない自分以外の他のスタッフなのだ。自分は常に誰かによって活かされていることを忘れないでいたいと思う。

もっともサラリーマンは「簡単にササッとやってくれればいいから」などという上司に「そう思うんなら自分でやってみろ!」なんて言ったら職場放棄だの何だのと言われてクビになりかねないのでグッとこらえて「はい、わかりました」と力なく答える。
ストレスも溜まろうというものである。

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