地図屋の意地

かつて勤め先でパソコンのシステム開発に携わってプログラマーをしていた頃、動作テストで自分の作ったソフトを動かしてみた時に「こうしたらもっと便利に使えるようになるのに」と思うことが何度もあった。簡単な例では、郵便番号を入力したら自動で住所が入力されるといったような仕組みだ。今ではどこのサイトでも普通に使われる技術だが当時はまだGoogleがやっと出てきた頃でインターネットの技術も貧弱で一般的ではない時代だった。
しかしお客さんのために作るプログラムはクライアントとの打ち合わせの中でその仕様を決めるので、プログラマーが勝手に作り変えてしまうことは許されない。そこで現場を統括するリーダーに提案してみると…

「お客様にこういう提案をしたら喜ばれると思いますが」と言うと決まって「もう既に決まってることだから」と取り合ってもらえなかった。「そんなヒマがあったらさっさと仕上げてしまえ」とも「そんなことをして納期に遅れたら責任取れるのか」とも言われた。要するにやりたくないのだ。

結局のところ面倒くさがりの事なかれ主義なので担当のプロジェクトが大過なく終わることしか考えていない。「お客様のために」「よりよい仕組みを」などとはこれっぽっちも考えていないのだ。こういう中間管理職が会社をダメにしていく。

ところでゼンリンという地図会社はご存知のことと思う。住宅地図で有名な会社である。以前はボクの車にも「マップル」という昭文社の大判の道路地図帳が載っていた。やがて道路地図帳はカーナビに取って代わられ、今時ではドライブ中に道路地図を広げている人などいない。しかし住宅地図は健在だ。今でもちょっと大きな本屋の地図コーナーには地域の住宅地図が売られている。主に不動産や自動車、リフォームなどのセールスマンや水道局、電力・ガス会社などのインフラ産業には欠かせないツールだ。

ゼンリンはかつて大分県別府市の小さな出版社だったらしい。大分県といえばおんせん県であり別府は古くから温泉地として賑わってきた。ゼンリンは別府温泉などの観光地のガイドブックを作っていたらしい。その中に織り込んだ巻末付録の名所旧跡のガイドマップが温泉客からも地元住民からも重宝されて話題になったのだという。これに目を付けた当時の社長が地図会社としての礎を築いていった。

住宅地図には公開されている情報しか載っていない。例えば地番や家の表札などだ。公開情報ならば個人情報保護の対象にはならない。だからゼンリンでは全国に常時1000人規模の調査員を置いて実際に現地を歩いて最新の情報を集めている。例えばビルならばその階数、公共の施設や駐車場ならばその入り口の位置、道路ならその幅や一方通行などの交通標識などだ。

ゼンリンが飛躍したのは地図データの電子化だったという。今やGoogleでもYahoo!でも地図アプリは必須の機能だ。今時、仕事以外で紙の地図を持ち歩いているのは登山者くらいである。あらゆる情報が電子地図の中には落とし込まれガソリンスタンドやコンビニ、駐車場を探すことは誰でもお茶の子さいさいだ。カーナビに目的地を入力すれば駐車場の入口まで案内してくれる。

かつてカーナビが世に出始めた頃には目的地を入力してもその周辺までしか案内されず、案内された場所と目的地の間には線路やお堀があってたどり着くことさえ難しいという体たらくだった。まだインターネットはなく道路工事で目まぐるしく変わっていく状況にも全くついていけなかった。

しかし今のカーナビはどうだろう。目的地の玄関まで連れていってくれるのだ。もう迷うことはない。
しかしここまで地図を発展させてきたのは地図屋の意地なのだと思う。「こんなの見てもわかんねーよ!」とか「使い物にならん」などと罵声を浴びながら「どうしたらもっと使いやすくなるのか」を追求し続けた人たちの根性の賜物だったのではないだろうか。

過去を知り現在までの道のりを知れば、この先どうすればもっと便利になるのかが判るはずだという地図屋たちの天性の勘が素晴らしい仕事をさせているのではないかと感動するばかりだ。

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