消えてしまう情報を優先しなさい

話をしているとこちらの言うことに相槌は打つものの顔を上げずにスマホの画面を眺め続けている人がいる。会議中にも発言している人の顔を見ることもなく自分のノートパソコンに何かを打ち込んでいる人がいる。おそらく議事録でも作るために会議内容のメモを取っているのかもしれない。会議での発言は一瞬なので忘れないためにメモに残そうというのだろうか。

ところがその人は突然「今の”サスティナブル”というのはちょっと意味が違うと思います」などと言い出す。会議中に”サスティナブル”の定義をネットで調べていただけだった。しかし今の話の中では”サスティナブル”は本質ではなかったりする。本質的な議論ができないトンチンカンな人は得てしてこういう人だ。人の話を聞いていないから本質がわからず重箱の隅ばかりつついている。

本や新聞に書いてある情報は半永久的だ。いつでも自分が好きな時に本を開いて情報にアクセスできる。一方で、一瞬だけ現れてすぐに消えてしまう情報がある。それは会話だったり冒頭のような会議中の発言だったり時にはテレビやラジオのニュースや情報番組だったりする。もっともお笑い番組のような娯楽番組なら聞いていてもいなくても大勢に影響がないことが多い。必要な情報がほとんど含まれていないからだ。

半永久的な情報と束の間だけアクセスできる情報のどちらが貴重ということはないが、すぐに消えてしまったり変化してしまう情報には敏感に反応して”とりあえず見てみる”ことが大切だ。なぜなら儚い情報には次にアクセスできる保障もなく見逃してしまえばそれっきりということが多いのだから。とりあえず見て”そんな情報がある”ということさえ分かっていれば、それが役立つ貴重な情報なのかどうかは後でゆっくりと吟味すればいい。

通学電車の中で椅子に座ってスマホゲームから目も離さずに隣に座っている友人と話している高校生がいる。話は来週から始まる期末テストとその後の夏休みの計画らしい。聞いている方はゲームが佳境に入ってそれに熱中し始めると相槌も打てなくなる。心ここに在らずとはまさにこの状態だ。でも話している方のゲームは消化ゲームのようで話の方に気が向いている。ゲームに熱中する友達の様子にはじめて気がついて

「ねぇ聞いてる?」

ははは、聞いてるわけないでしょ(笑)