アイデアの雫

TV番組で南米・アマゾン川の源流を見に行くという特集をやっていた。アマゾン川といえばブラジルのジャングルを流れる流域面積が世界一の大河だ。それほど大きな川なので源流はブラジルとペルーの国境近くのアンデス山脈にあるらしい。大きな川なので無数の支流があってその一つ一つが源流なのだがその中の一つを見に行こうというのだ。
川の源流というと日本では川を遡った山奥のチョロチョロとした流れのその先にポタリポタリと水滴が滴り落ちる苔むした岩があるイメージだが、アマゾン川の源流はそんな風情の欠片もないものだった。切り立った岩山の岩壁に穿った人が1人やっと歩けるくらいの細い道を辿っていくとその先にある岩棚の亀裂からドッという勢いで小さな滝のような流れがいきなり現れるのだ。ダイナミックというか大雑把というか、大河の源流は最初から激しい流れだった。

静岡県の三島市に柿田川という川がある。三島市内を1kmほど流れて「伊豆の踊子」でも有名な天城山を源流とする狩野川に合流するほんの僅かな距離を流れる川だ。短い川だが源流はダイナミックだ。富士山の麓に湧き出る伏流水がその源なのだが川底の砂のありとあらゆるところからドクドクとマグマが吹き出すように湧水が湧き上がってくる。国道1号線沿いの「柿田川公園」という公園の中にあって誰でも見られるので興味のある方は行ってみられるといい。

アイデアは岩の隙間から染み出す水のように感情の隙間から絞り出される。滴り落ちるその雫がやがて窪みに溜まって池となり川となって流れ出すようにだんだんと形が見え流れができてくる。
冒頭のアマゾン川の源流のように「アイデアが溢れ出す」という人がいるが、羨ましい限りだ。ボクにはそんなことは滅多にない。ないことはないが湧水のようにいつも溢れているわけではない。あわよくば柿田川湧水のようにアイデアもコンコンと湧き出てくれるならどんなに楽で楽しいことだろうと思うがまぁそんなことは、まずない。

しつこいようだがアイデアは岩の隙間から滲み出てくる水滴のようなものだ。雫の一つ一つはほんの僅かなものだ。しかしそれがいくつもいくつも寄り集まって小さな水たまりを作る。水たまりはやがて溢れてチョロチョロとした小さな流れを作る。小さな流れがいくつも集まって池になり川となって流れ始める。

小さな水たまりや池は、言ってみれば長い鎖を形作る小さな鉄の輪の1つだ。その輪がいくつも繋がって長い鎖のような川になる。
アイデアも同じだ。一つのアイデアが生長して次のアイデアが生まれるという連鎖が続いていく。その連鎖の鎖の一つ一つはほんの小さな僅かな雫だ。やがて連鎖が連鎖を生み長い鎖になる。長い鎖になるには長い時間がかかる。滴り落ちた水がいきなり川になることはまずない。それはアマゾン川の源流を探しに行くようなものだ。一片一片が繋がってやがて長い鎖となったもの、それが形になったアイデアそのものだ。

だから一滴のアイデアをいつも敏感に感じていなければいけない。拾い集めなければいけない。滴り落ちたアイデアをほんのとるに足らないものだといって捨ててはいけない。いつかそれが大きな流れを生み出すきっかけになるかも知れないのだから。