比較するのに基準を揃えない人たち

しばらく前から騒がしくなっているが今や働き方改革が旬らしい。企業では残業禁止や労働生産性の向上が叫ばれている。ここまでうるさく言われるようになったのはちょっと前の超大手広告代理店に勤めていた新入社員が過労自殺した事件がきっかけだったように思う。過重労働やサービス残業が問題視されニュースになるときには、急増する過労自殺の件数の推移が取りざたされることが多いが、数十年前などはエンドレスのサービス残業や徹夜などは当たり前で問題にされなかったのだから過労自殺などという概念もなく、最近になってカウントされるようになった自殺件数が増加傾向にあるのはある意味で当たり前だと言える。

これまでも過労自殺はあったし身近でも残業に明け暮れてほとんど家に帰れなかった人が、ある日突然自殺してしまったり心臓麻痺や脳溢血で突然死したのは何回も見てきた。しかし当時は過重労働だといって企業を訴えても労災認定されることはほとんどなく原因不明や”何らかの原因による”心神耗弱による自殺として片付けられ過労死という言葉すら聞かれなかったのだ。

テレビのニュースなど見ていても何らかの事件や事故の起きた根拠として過去のデータを持ち出したり、再発防止対策が行われた際の効果検証としてビフォー・アフターのデータが示されることがある。その際に最も注意してみるべきはその数字自体の推移ではない。そのデータの根拠となったベースが同じものであるかどうかという点だ。

ベースを誤魔化して数字を作ることは日常茶飯事行われている。
働き方改革関連法案の国会審議では裁量労働制に関する政府から提出された資料の各労働時間の平均について、裁量労働制を導入した方が残業時間が短くなるという政府に都合の良いデータを厚生労働省がでっち上げている事実が判明した。この法案の是非についてここで言及することはしないが、こういうやり方で国民の目を欺こうとすれば、この政府が他の件で何を言おうとも色眼鏡をかけて見ざるを得なくなるということである。国民の信頼を失い、他のことに対しても信用できなくなるのだ。
この件について担当大臣は「特段、不自然なところもない」と語ったが、もし本心で言っているなら余程の無能者か資料にすらまともに目を通していない税金ドロボーだ。

データを誤魔化すにはいくつかのやり方がある。一つは、これも先日の財務省で行われていたことだが改竄(かいざん)だ。ありもしないデータをつくりあげたり都合の悪いデータを隠したりする。これは巧妙にやればバレることは少ないがデータに不整合が起きることがある。辻褄が合わなくなるということだ。
もう一つの一般的な方法は先述の、根拠となる基準を誤魔化す方法だ。こちらの方が改竄に比べて罪悪感は少ない。一から数字をでっち上げるのではなく実際にどこかで発表されたデータを組み合わせるだけだからだ。仮にインチキがバレても「間違えました」と言って逃げることができる」

改竄や基準の差し替えとは異なるが、マスコミがよくやるのは調査する方法やルールが変わっているのに一律に並べて見せて世論を操作するやり方だ。
昨年夏、全国の海水浴場でサメが見つかって閉鎖される騒ぎがあった。不思議なことに今年はサメがいないらしい。
見つかったサメは人を襲うことのほとんどない穏やかな性格の種類だったのだが、映画「ジョーズ」以来、すべてのサメが人喰いザメだという視聴者心理を刺激して視聴率を上げようとする作為がある。

今年の夏には西日本豪雨の大災害があり西日本や東日本では猛暑による熱中症の死者がたくさん出ているのでテレビ局は、サメの話題に頼らなくても視聴率が取れると踏んでいるのだ。そもそも日本の沿岸にサメがいるのは普通でありダイバーなどはわざわざそのサメを見に行くほどだ。
だからサメなどちょっと沖合を空から真剣に探せばいくらでも見つかる。探す人間が増えるから見つかる数が多くなるだけで探さなければ見つからない。サメが取り立てて大発生したわけではない。当たり前の話だ。トリックである。

確かに本当に危ない人間に危害を与えるサメもいる。奄美諸島や沖縄の宮古島などでは漁師などに被害も出ているがそのことは取り立てて報道されない。話題にしても視聴者にとっては他人事で視聴率も取れないからだ。一方で大都市近郊の海水浴場でのサメ騒動は注目を浴びること間違いない。

ここ数年で話題になっているのは学校でのいじめ問題だろう。ボクたちが子供の頃にもいじめは普通にあった。だがあの頃はいじめを子供だけの問題として大人は関与しなかった。子供の数も多かったのでそんなことに関わりあっているヒマはなかった。
しかし子供の数が減り一人一人に目が届くようになると保護者が問題にし始める。今までは問題にされなかったから報告もされなかった。それが「いじめは大問題だ」ということになったからみんなが報告するようになった。サメ騒動と同じ理屈だ。

もっともサメはどうでもいいがいじめ問題は人の命にも関わる問題だから放置してはいけない。実はボクがかつて学校で教えていた時にも他のクラスではあったが生徒の中から自殺者を出してしまったことがある。遺書もなく人間関係にも問題がないように見えた朗らかで気さくな生徒だった。その子がある朝、いきなり高層マンションから飛び降りた。原因は結局わからずじまいだった。もう30年以上も前のことだが忘れられない出来事だ。
これが今だったらどうなんだろうと思うことがある。

他にも比較されるデータはたくさんある。アメダスの気温データや鰻の売上高、違法建築物の件数などなど、データは比較するためにあると言ってもいい。しかし比較しようとするなら比較対象以外の条件をすべて同じにしなければ意味がない。各地の気温のデータを見ても前日には東京都心のデータについて言っていたのにあくる日には広島県の豪雨被害の被災地のデータにすげ変わっている。他の要素でデータが変化してしまったら比較にならないのだ。

比較するなら比較対象となる1つのパラメータ以外はイジってはいけない。それは観察記録や理科の実験でも明らかだ。同じ場所で同じ時間に同じ条件で観測を続ける定点観測が素晴らしいのはその一点に尽きる。

何かの比較データを見たらそんなところにも目をつけてみるといい。もしその基準が異なっていたなら、そこには作為的なデータ偽装や世論操作を行おうとしていると考えてほぼ間違いはない。