感度のいい人

ある深夜のこと、部屋の壁にかけてあった姿見の鏡が大音響とともに床に落下した。幸いベッドの上に倒れたので割れずに済んだ。何の前触れもなく突然落ちたのでビックリした。原因は鏡を吊るしていた紐の結び目が緩んで解けてしまったことだった。固く結んだつもりだったので結び目が解けるなんて思いもしなかった。

船の上や登山ではロープワークがいくつもある。船舶免許を取る時にも一通りは勉強したが、ロープワークは普段から使っていないとすぐに忘れてしまう。今での直ぐにできて覚えているのは巻き結びくらいになってしまった。それでもまた夜中に鏡が落ちて飛び起きるのはゴメンなのでもう一度本を見ながら、今は解けにくい結び方で吊り下げてある。しかし今度はフックの部分から壊れて落ちてしまうかも知れない。

「こんなことになるとは考えたこともありませんでした」「突然のことで何もできませんでした」という人が被災地でインタビューを受けている光景をテレビなどで目にすることがある。大抵の場合”突然に”何かが起こることは少ない。地震などが起こる際にも犬やネコなどのペット、野生動物や昆虫、水槽で飼っている魚などが普段とは違う行動を取ることがあるという。おそらく彼らは普段とは違う何かの異変に気づいているのだ。概して人間はその他の動物に比べて感覚が鈍感なのでその前兆現象に気づいていないだけのことも多い。

部屋の姿見を吊っていた紐だって、固く結んであったものがある時突然に解けたわけではない。紐の結び目というのは紐と紐の摩擦力をうまく使って解けないように工夫したものだ。結び目の紐が長い時間とともに徐々にずれていって最後には紐の末端に達して外れたわけだ。そこに至るまでの間には何らかの前兆現象が起こっていたはずである。結び目がずれていったなら徐々に紐の長さは長くなっていたはずで、それに従って吊られていた鏡は低くなっていたはずだ。ボクがその事に気づかなかっただけのことだ。

最近は天気予報などでも土砂崩れの前兆として「山鳴りがする」「濁った水が流れてくる」ようなときは山崩れの前兆だと言っているが、実際のところ猛烈な雨の音で山鳴りも聞こえず、山から流れてくる水を常に監視していられるわけでもないので前兆を知ることは現実的には難しい。特に夜になってあたりが暗くなったりすればなおさらだ。出来ることといえば集められた天気予報などのデータを早めに知って想像力を働かせて予想し行動することくらいだろう。

ただ想像力には限界がある。知らないことは見えないのだ。「ここにダニがいます」と言われれば注意深く探して見つけることも出来るが知らなければ見過ごしてしまうばかりである。

1995年に阪神淡路大震災が起こった。そこで地震で倒れてくる家具の怖さや崩落したビル、高速道路、街を焼き尽くす炎を見た。2011年には東日本大震災が起こって津波や原発事故の恐ろしさを知った。
その後も2015年の関東・東北豪雨災害で決壊した川の堤防と大規模に水没した町を見た。2016年の熊本地震や北海道豪雨、2017年の九州北部豪雨災害、2018年の大阪北部地震と今回の西日本豪雨災害と毎年大きな災害を見ている。これらは私たちの想像力を働かせるための悲惨だが大切な知識であり経験だ。

先日も書いたがこれらを他山の石としてはならない。知らないものは見えないが知っていることには想像力を働かせることが出来る。
先日の西日本豪雨災害の時に、昨年九州北部豪雨災害に遭ってしまったという九州に住むある年配の女性は「去年、あんなことがあったので今回は前の日から避難していて無事でした」と語っていた。そういうことなのである。

噴火、津波、地震、洪水、土石流、がけ崩れなど、日本には数多くの自然災害が身近にある。そして私たちはその多くをテレビなどを通じて見たり聞いたりして知っている。ならばその知識を以て、何かが変化(いつもと違っている)しているということを知ることができたならそれは”何かが起こっているということ”なのだということと結びつけてその原因が何なのかを知ろうとし、分からなかったとしても「今すぐに行動をしなければいけない」という心構えを持たなければ、大きな前兆現象にすら気づくことができないのだ。