マッチングということ

”契約”というと堅苦しい感じがするが、人と人が何かの取引をすることはいわゆる契約だ。これは一般に法律行為である。
取引をするということは何かと何かを交換することで、それはモノとお金を交換する売買契約だったり、権利などとお金を交換する使用契約(いわゆる賃貸契約など)などだったり、労働力とお金を交換する雇用契約だったり、サービスとお金を交換する請負や委任契約だったり、物と物を交換する(いわゆる物々交換)交換契約だったり、その種類は多岐にわたっており法律でも細かく定められている。
コンビニやスーパーに行って買い物をすることも契約行為だし、定期券やきっぷを買って電車やバスに乗ることも契約行為だ。それほどまでに我々の日常生活と契約行為は切っても切れない関係にある。

契約は基本的に双方の意志が一致した時に法律行為として取り交わされる。だから契約を結ぶかどうかはそれぞれの自由であって、タクシーなどでは正当な理由なく乗車拒否をしてはいけない法律があるが、基本的に売る・売らない、買う・買わない、借りる・借りない、貸す・貸さないなどを決めるのは他に法律上の成約がない限りは当事者の自由である。

ここで共通しているのは、市場で”それ”を欲しい人と提供したい人がいたときにその双方が出会って「取引しようか」ということになる。その取引がお互いを幸せにするのなら契約は成功であり、そうでなければ不首尾に終わるということだ。ことわっておくがここからは法律上とは別の話だ。

一般に契約しようとする時、そのものの値段はそのものの欲しさと手放す時の代償の加減で決まる。ザックリ言えば、お互いの価値観が一致した時に意志が一致するのであって、どちらか片方だけが一方的に得をしてもう片方が一方的に損をするなら、そしてそのことを損する側が知らなければそれは”詐欺”ともいえる。詐欺は場合によっては債務不履行などと同じように契約解除の理由にもなるが、その詐欺行為を証明しなければならないなどの一定の条件もある。ボクは弁護士ではないので細かい事案について見解を述べられる立場にはないが、契約に関しては商法などで特に細かく定められている。

取引をする時にはそれぞれの立場によって同じモノでも価値観が異なることがある。
例えばアニメのフィギアなどが高額で取引されることがある。現在の所有者はそのフィギアをメーカーの景品としてタダで貰ったのであってそのものに何ら価値を見出していない。しかしある市場(ネットオークションなど)に出品したところ100万円の値段が付いた。
ただで貰ったものが100万円で売れるのならラッキーなことだ。100万円が丸々得になる。一方で100万円で買う方はどうだろう。恐らく買いたい人にとってそのフィギアには少なくとも100万円以上の価値があると考えているわけだ。さもなければ100万円を出そうとは思わない。

このように取引では等価のモノ(100万円のフィギアと100万円の現金)として交換されるが個人的には必ずしもそうではないことがある。

ここに3000万円で買った家がある。不動産市場に出したところ値下がりしていて1500万円の値段しか付かなかった。売る方は3000万円の価値があると思っているが、買う方は1500万円の価値しかないと考えているわけだ。当然価格交渉も可能だが、買う方が1500万円以上は出さないと言えば取引は不成立になる。

しかし売る方が「もっと時間が経てば1500万円以下でしか売れなくなる」と思えば取引は成立するかも知れない。買う方も「もっと待てば更に安く買えるかも知れないが他の人が買ってしまうかも」と思って1500万円で手を打つ可能性もある。かくの如く取引は流動的だ。だが共通しているのは双方が得をすることを求めているということである。熟考した上で”自分が損をする”取引はしない。双方が得をすることがいい取引の条件だ。それがコストパフォーマンスである。

先日の国会で成人年齢が18歳に引き下げられた。そのことが社会にどれくらい関係してくるのかはわからないが、今でも20歳になれば成人でありその間は2年の差だ。18歳も20歳もさほどその意識は違わないのではないかと思っている。18歳が未熟な子供で20歳になったら急に思慮深い成熟した大人になる訳がないからだ。

売買は、モノを売った経験のある子供は少ないかも知れないが買うことは幼少の子供の頃からやっていることだ。それが法律で定められている”契約行為”だということを意識していないのは18歳でも20歳でも、いや30歳でも40歳でも同じかも知れない。そして契約には”債務”が伴うことが多いということにどれくらいの現実味を感じているかはわからない。

18歳だけでなく大人であっても法律で定められたところの”契約”について、軽くであっても一度目を通してみる必要があるのではないかと思っている。今はそのための絶好のチャンスだ。