知識とひらめきはクロスワード

ひょんなことである一つのことを知った時に、まったく別だと思っていた疑問が急に解けたという経験はないだろうか。例えば中学生の頃、日本史の時間に鉄砲伝来のことを聞いたと思う。ときは16世紀。ポルトガル人が鉄砲を持って種子島にやって来たという。当時の中学生だったボクにはポルトガルという国がどこにあるかも知らず、世界地図を見てから果てしなく遠くの国であることを知った。もちろん日本人だって奈良時代以前から海を渡って隋や唐と交易していたことは習っていたが、西洋から遥か遠く離れた日本にまでなぜポルトガル人がやって来たのだろうかと合点がいかなかった。それが後になって世界史で大航海時代のことを勉強した時に初めて鉄砲伝来と結びつくのである。

というのは作り話で、実は当時は大航海時代と鉄砲伝来とがボクには結び付けられなかった。だから「1543年鉄砲伝来」と「1497年バスコダガマ」(喜望峰発見)を別々に覚えていたに過ぎない。もっともそんなことすらすっかり忘れ去っていて、この年号も今しがたネットで調べたお粗末である。

その後かなりの時間が経ってから知ったことだが、当時のポルトガルは国家的財政難に喘いでおりその解決のために交易による財政健全化を画策したのではないかとも言われている。東洋の植民地化のためにキリスト教を布教して原住民を支配下に置こうとしたりしたとも考えられている。そんな中で遭難したポルトガル船が日本の種子島に流れ着いたというのだ。彼らは決して種子島を目指してポルトガルを出発したわけではなかったことをボクが知ったのは二十歳を過ぎてからのことだった。

まぁそんな事はどうでもいい。
一見関係のなさそうなことでもどこかで繋がっていたという例は多い。古い話でも「風が吹けば桶屋が儲かる」とはよく言われる。つまり、

1.風が吹く
2.ホコリが舞う
3.ホコリが目に入って盲人が増える
4.三味線弾きが増える
5.三味線の需要が増えてネコが減る
6.ネズミが増える
7.桶を齧られる
8.桶屋が儲かる

という理屈だ。しかし学生時代のオツムの単純な友人は、

1.風が吹く
2.桶がすっ飛ぶ
3.桶屋が儲かる

だと吹聴していた。いやこれは余談だ。

1つのことを知ることはそのこと1つだけを知ることではない。
クロスワードパズルをやる時にボクはまず最初に”タテのカギ”だけを解いていく。タテのカギが可能な限り解き終わってから”ヨコのカギ”に取り掛かる。縦だけをいくら考えても思いつきもしなかったのに、ヨコのカギを解き始めると、まったく分からなかった縦の答えのうちの一文字だけでもわかった時に縦の答えがすっかりわかることがある。これは大航海時代と鉄砲伝来よりも遥かに無関係な事柄だ。
それでも”同じ文字がマスの中に入る”というだけで関連性が一気に見つかることがある例だ。

誰かが強く主張していることの意味がさっぱりわからないことがある。そのことに説明を求めても訳が分からず更に疑問が深まってしまった時、それはその人と自分の思考回路が違っているだけなのかも知れない。
人は生まれてから様々な経験をして様々な知識を身につける。しかしその経験の仕方や知識の学び方がまったく違っていることがある。身に付いた知識でもそれを引き出すための引き出しの取っ手は人それぞれに形が違うかも知れない。だから何かを他の人に説明する時には、たくさんの事例と思いつく限りのヒントを相手に見せて、引き出しを開けてもらうための努力をこちらがやらなければならないことが往々にしてあるのだ。

新しく何かを知ることはそれに繋がっているいくつもの知識を深めることにも繋がる。一つを知ることで全体の姿が一気に見えてくることもある。そんな時のゾクゾクする感覚は他では得難い体験だ。だから何かを新しく知ることがどんどん楽しくなる。

「知る」ことは単に「覚える」こととは違う。これからの子どもたちにもそんな体験をたくさんして欲しいと思う。