スマホ中毒

日本でも2008年にiPhoneが発売されて以来、本格的なスマホ時代が到来した。電車やバスの中はもとより歩きながらでもスマホの画面から顔を上げない人が街中にあふれている。
スマホを眺め続けている理由は人それぞれに違うのだろう。ゲームに興じている人もいればネットサーフィンをしている人もいる。LINEやTwitter、FacebookなどのSNSに熱中している人もいるが、それにしても片時も手放さずのべつ幕なしにスマホに熱中している姿は一種異様である。これはもう一つの依存症といってもいいほどだ。理由を尋ねると「ヒマだから」とか「友達と繋がっていたいから」などと答える人も多いと聞くが他にやることはないのかとも疑問に思う。テレビが全盛で日本国民がテレビばっかり見ていた時代と同じようにもはや”一億総白痴化”の様相を呈している。

スマホは「情報端末」などと呼ばれている。ゲームに打ち興じている人はさておき、それ以外のスマホに熱中している人たちは何の情報を欲しているのだろう。
多分それは国際情勢や政情不安、金融経済の話題であることは少ない。いやそれらだけが重要な情報だとは思わないがそれら以外で一刻を争うような重要な情報はどれほどあるのだろう。もっと言えば世間にあふれているニュースだって一刻を争うようなものはほとんどないと思う。
恐らくスマホを家に忘れて出掛けたとしても、ルーズな待ち合わせをした時やネットで場所を検索する時以外に「情報がなくて困った」ということは少ないのではないだろうか。

ボクがまだサラリーマンだった頃、スマホやケータイを忘れて一番困ったのが定期券や電子マネーが一日使えなかったことだ。遠距離通勤をしていたので財布の中身が心許なくなることもあった。しかし友達もいないのでプライベートのメールやメッセージなど家に帰ってから確認すれば十分だ。ネットサーフィンなどしなくても別に困らないし、通勤電車の中ではゆっくりと本も読めるので不自由は感じなかった。

そもそも年がら年中友達と繋がっている意味は何なのだろう。そこまでして何を連絡しあっているんだろう。そんなにしょっちゅう緊急事態が起きているとも思えない。

ボクらが子供の頃には交換日記というのがあった。ボクはやったことがないがカップルや女の子たち同士が毎日その日の出来事などを日記に書いて翌日に交換し合うのである。男同士の交換日記というものもあったのかも知れないが身近にそのような例は見なかった。
詳しい内容はうかがい知るべくもないが、想像するに先生や友達の噂とか悪口、読んだ本の感想とかを書いていたのではないかと思う。それにしたって毎日学校で顔を合わせている仲のいい友達同士である。「話せばいいじゃん」とも思うが家に帰って静かな環境でゆっくり考えていると会話とは違う何かがあるのだという人もいたものだ。
これは早くても1日に1回の情報交換だから決して緊急ではない。ところが今のSNSは即時だ。

中高生の間ではLINEなどはメッセージを受け取ってから5分以内に返事をしないと虐められるのだという話もある。いやいや5分は無理でしょ。パソコン通信でデジタルデビューした我々世代はかつて週末にしかパソコンの電源を入れないという人も多かった。電話線に繋いでダイヤル通信をしていたのでボクは多くても1日1回だけの通信だった。だからメールの返事は最低でも1週間は待つのが普通だった。それが今や5分とは!

でもそこまでして必要な情報って何なのだろう。付き合い始めたばかりの恋人同士なら「今何してる?」なんてアホらしいメッセージやメールもしょっちゅうするだろうが、そんなのがいつまでも続くものではない。すぐにウザくなる(笑) でもそれを起きているあいだじゅう彼らはやり続けているのだろうか。

常にスマホを見て情報を取り入れていないと満足できないのはどういう精神状態なのだろう。その情報は自分にとって本当に今すぐに必要なのか。もはやそんなことすら考えていないのか。それなのに年がら年中イヤホンを耳に突っ込んで耳からの情報はまったく入れようともしない不可解。

まぁどうでもいいけどスマホに熱中しすぎて赤信号も見ないで道路に飛び出してくるのは勘弁してもらいたいものである。