恥ずかしいこと

生まれてこのかた一度も失敗したことがないという人は珍しい部類に入ると思う。ボクなんぞはその人生のほとんどで失敗し続けてきた。もっとも成功と失敗を分けるものは何なのかと言われればそれもよくわからないので、今となっては失敗だったのかどうかすらよくわからないことばかりだ。成功しなかったことを失敗というのなら成功しなかったことがハッキリするまでは失敗ではないし成功を諦めるまでは失敗はないとも言える。

初めて会う人の前でモジモジする人がいる。恥ずかしいのだという。好きな異性の前でモジモジする人がいる。やっぱり恥ずかしいのだという。なぜ恥ずかしんだろう。恥ずかしいってどういうことだろう?恥ずかしいと思う心理ってなんだろう?
自分がやろうとしていることが失敗すること?どうして失敗したらかっこ悪いと思うのだろう?自分の失敗をカッコ悪いと思うのは相手にいいところを見せたいからなのだろう。失敗したところを見られたくないわけだ。でも今まで失敗したことのない人はほとんどいない。誰もが失敗を経験している。誰が相手の失敗を見て蔑むだろうか。いや蔑まない。蔑む人がいるとすれば自分が失敗したことを覚えていないか忘れてしまった人だ。

初めて挑戦することは大抵のことに失敗する。誰だって最初は初体験である。2回目から始めることはできない。初めから上手くやろうと考えすぎるから失敗したら恥ずかしいと思う。失敗してもいいとは思わないまでも最初に失敗することは仕方がないと思わないと何も始められない。最初に失敗することは恥ずかしいことではないのだ。そもそも一度も失敗しなければなぜ成功したのかもわからない。失敗して初めて成功の原因が分かるのだ。

失敗することがカッコ悪いと思わなければ恥ずかしいとも思わないだろう。ただし失敗したときにはなぜ失敗したのかを考えよう。そうしなければ次もまた同じ失敗を繰り返す。反省と改善をしないまま同じ失敗を繰り返すことはカッコ悪い。一度のやり直しで成功することは少ないかも知れないが失敗の原因をよく考えて次は失敗しないと思う違うやり方で試してみるのだ。どうしても原因が分からなければただ単に違うやり方で試すだけでもいい。何もしないでやめてしまったり失敗を繰り返すより何倍もいい方法だ。

でも中には失敗しないことでも恥ずかしいと顔を隠したりする人がいる。何もしていないのに顔を隠すのはよく分からない。顔は失敗しない。他のことで失敗をした自分の顔を見られたくないからかもしれない。

また恥ずかしいと思うのは相手に劣等感を感じるからかも知れない。失敗を笑われてバカにされるかも知れないと思うからかも知れない。
でも人を笑わせることは必ずしも自分がバカにされているときだけではない。もし笑われることがバカにされていることと感じてしまうなら「相手に笑われているのではなく相手を笑わせているのだ」と思ってみたらどうだろう。自分が笑いの主導権を握っていると思ったらバカにされているとは思わなくなる。
笑わせて人を楽しませたり和やかにすることは能力のある人にしかできない技能だ。

昔から失敗は成功のもとだという言葉がある。人はたくさんのことに失敗する人ほど自分ができることが増える。失敗して初めて学ぶこともできる。だから何にでも恐れずチャレンジしてみてはどうだろう。

そして失敗の経験が増えたら打ち明けられる失敗談も増える。自分の失敗を明らかにすると他の人も失敗を打ち明けてくれることがある。他人の失敗談を聞けば疑似体験も2倍になる。何よりも見栄を張らない自分に気持ちが軽くなる。いつも見栄を張って自分を良く見せようとするのは疲れることだ。

もしかしたら一度も失敗したことがないことこそ本当に恥ずかしいことではないだろうか。