街のデザインを壊すやつ

最近は金沢や倉敷、高山などの観光地に行くと昔の景観を保存または再現した歴史地区のような町並みに出会うことがある。そこではその街の日常の景観とは違った明治や大正または昭和初期、古くは江戸時代後期のような町並みを見ることができる。これらはお伊勢さんの表参道でも太宰府天満宮の参道でも見かけた。地区の中では電信柱や自動販売機もなく、あっても地味な色に塗られて町並みに溶け込み目立たないように配慮されている。これは歴史地区の景観だけではなく箱根や阿蘇でも行われている。

つまりメーカーやコンビニの関係者ですら自分のところの看板や自動販売機が街の景観を損ねていることを自覚しているわけだ。ファミレスの看板でも同じである。かつて富士山麓にある街のファミレスの看板が通常なら黄色や赤/青に塗られているのにここばかりは茶色やモノトーンのものに変更されているのだ。チェーン店の看板はそれがあるだけで街の景観を壊してしまうがこのような配慮をすれば多少はダメージも少なくなる。

古い街にコンビニやスーパーなどのチェーン店ができると派手な色の看板や下品なデザインで街の雰囲気が台無しになる。これらの諸悪の根源はアメリカ企業と日本のチェーンストア協会にある。どちらも街との共栄を考えておらず自分だけがいかに儲けるかということしか考えていない。その街の景観がどうなろうがお構いなしだ。

最近になって急激に近代化を進めたアジアの他の街でも同じことが言える。マカオなどの西洋の旧植民地を除けばどこでも、ショートしないのが不思議なくらいに乱雑で密集した電線と電信柱ばかりが目立つ。日本以外では治安と硬貨の品質のせいで普及してこなかった自動販売機も今後はカード決済機能の普及が進んでくれば日本と同じ轍を踏むことは明らかだ。

その結果、アジアの街はどこに行っても東京の場末の飲み屋街と区別がつかないような猥雑な風景になってしまう。
東京の街を見ているとオフィス街であれ繁華街であれ、そこに協調性を見出すことはできない。いつもは常に”他人と同じであること”を望んでいる日本人が作った街であるにもかかわらずだ。恐らくそれは個人が住む家とビジネスを行う家のオーナーが異なるからではないだろうか。

日本人は一人の個人になると極力目立たずに周囲に同化するように行動する。これは大人でも子供でも変わらない。ところがひとたび組織に入ると自分を目立たせることに躍起になる。
まぁ店の看板は目立ったほうがいいだろう。人目についてこその看板だ。気付かずに通り過ぎられてしまっては元も子もない。自販機はどうだろう。他社のものよりも目立って視覚にアピールできれば売上が伸びるかも知れない。やっぱり目立ったほうがいいじゃんという結論になる。

しかしだ、デニーズもセブンイレブンもコカ・コーラもマクドナルドも知らない日本人はほぼいない。モノクロのロゴであっても、赤や黄色の看板でなくても赤い自販機でなくても誰もがブランドを認識できる。それなのになぜドギツイまでに原色を使って下品な看板を立てるのか。あのドギツい色は視覚にも刺激的で目が疲れる原因にもなっている。街中に不必要なまでに多過ぎる自販機を規制することもそろそろ必要だと思うが日本では地域を限定的した条例以外でまずそんな法律は成立しないだろう。
なぜ自動販売機をなくせないのか。日本では清涼飲料の半分以上を自販機が売り上げているからだ。禁止しようものなら業界団体から大ブーイングが起こり猛烈な反発を受けて政治家は次の選挙に勝てなくなる。触らぬ神に祟りなしなのだ。

東北の震災が起こった年、福島の原子力発電所が爆発して関東地方は電力が足りない夏を迎えた。そのときにも自販機は「街中にある冷蔵庫」として無駄な電力消費の急先鋒として槍玉に挙げられた。しかし次の年にはそんなことはすっかり忘れられて自販機はフル稼働していた。そんな事をやっておきながら「原発の再稼働は絶対条件」みたいな話を持ち出すのだから政治家の頭の悪さがうかがえる。

東京の街の統制のなさは空撮の写真を見ても一目瞭然だ。ビルの高さはバラバラ、デザインも色もバラバラ。何もかもがカオスである。
アジアを旅行する欧米人はこの光景を見て”アジア”を感じて喜んでいるのかも知れないが。生活者にとっては東京に限らず日本中が戦後のゴタゴタと昭和の高度成長の残骸だらけになって汚いばかりである。もしこういうごちゃごちゃした汚い町並みがお好きならそれこそ全国に「昭和の町並み保存地区」を作って観光客を呼び込んではいかがだろう。明治ロマンや大正ロマンがあるならそろそろ昭和ロマンを出してもいい時期なのではないだろうか。

実際、東海道新幹線の新横浜駅近くにある「ラーメン博物館」は館内を昭和ロマンの街に作り上げて集客したのだが開業後20年以上が経った今も人気が衰えていない。これは元々空き地を立体駐車場にしようとしていた地主に、新横浜の町内会の若手メンバーが「これからはラーメンが人気だからラーメンを全面に出した施設を作ったほうがいい」と提案されてオープンさせたものだ。実際にオープン当初から不利な立地にもかかわらずお客が押し寄せたのを見て当時新横浜に勤めていたボクもとても驚いた。

日本が観光立国を目指すならこれからの街は統一感がいちばん大切だ。日本の街は電柱と電線、自動販売機が景観を破壊している。電線を地中に埋めることで地震や台風などの災害に対する備えもできる。電柱業者の利権ばかりを考えず国家百年の計を考えて国造りのできる政治家はもう日本では出てこないのだろうか。

明治維新の立役者やその後に出てきた政治家は、私腹も肥やしたが大きな理想も抱いて国造りをした。そんな人たちも今や歴史遺産でしかなくなってしまったのだろうか。