臨機応変と優柔不断

スポーツの試合中に、なぜか急に不調になることがある。原因はわからない。「流れが変わった」と言う人もいるけれど、そこには何らかの原因があるのだろうと思う。タイミングがズレてしまったのか、フォームが微妙に崩れて今までと違う動きになっているのか、疲労で思ったように動けなくなっているのか、はたまたメンタルの問題なのか。いや疲労で思うように動けなくなったのなら本人にも原因は分かっている。本人が気づかないところでどこかの歯車がうまく動かなくなっているのかも知れない。
試合中にタイムアウト(作戦会議の時間)を取ることもある。第三者から見て気づいた微妙なズレを指摘することができるかも知れないし、ネガティブになっているメンタルをリセットすることができるかも知れない。

「初志貫徹」という言葉がある。最初の志を変えずに最後まで辛抱・我慢してやり抜けと言う意味だと思っている。最初の志を貫くことは大切だ。ポジティブな状態で目標を立ててそれに向かって目標を達成しようという気持ちがなくなってしまったら、何にもヤル気が起こらない。
ただ、志を持ち続けることは大切だがその目的を達成するための手段にこだわり続けることとは違う。

今のやり方で上手くいかなくなったのであればやり方を変えてやり直してみることで歯車が上手く回りだすことがあるかも知れない。すぐに変えられることなら変えてみることも大切だ。変えてみても上手くいかないなら元に戻すこともできる。また別の方法に変えてみることもできる。状況を見て対策を立て、すぐに変えられることなら試してみない手はない。
これを”臨機応変”という。

上手くいかないからといってコロコロと目的を変えてしまう人がいる。志を変えてしまうわけだ。「あの山に登ろう」と思っていたのに途中で苦しくなるとすぐに山を降りて「温泉に行こう」と言い出す。好みの温泉が見つからないと「なにか美味しいものを食べよう」と言い出す。美味しそうなレストランに長い行列ができていると「もう家に帰って寝よう」と言い出す。今やっていることが嫌になったり飽きたりすると何でもいいから別のことをやろうとする。初志貫徹するような志も目的もない。やりたいことがないから結局何も達成できない。
こういう人を”優柔不断”という。

しかしその時々で臨機応変に変えられないこともある。自分が長い時間をかけて築き上げてきたものなどはすぐに切り替えることはできない。スポーツでいえば筋力トレーニングだったり肉体改造だったりフォームの改造などがそれに当たるだろう。研究者でいえば基礎知識であり基礎研究であり、音楽家なら絶対音感やソルフェージュ、ピアノ、楽器の基礎練習などだ。

スポーツ選手がいきなり新しい科学技術や医学界に革新をもたらす論文を書くことはできないし、バイオリンやピアノを演奏してコンサートを開くこともできない。その道のスペシャリストたちは長い時間を掛けて自分のスタイルを作り出してきたのだ。それは家でいえば土台に当たる部分だ。土台を簡単に動かす訳にはいかないからその上に建てるものをリフォームしてみる。堅牢な土台であればあるほどその上に建てるものを変えても耐えることができる。ただ普通の住宅の土台の上にお城を建てることはできない。土台に合った建物を建てなければいけない。
それでも土台があるのならそれに合わせて比較的手早く変えられることから手を付けてみることが大切だ。すぐに変えられないことはすぐには変えられないのだから。

臨機応変とは、時の戦略に則って目的は変えずに手段を変更して目的を達成しようとすることであり、優柔不断とは、今やっていることが嫌になって、飽きて何でもいいから他のやり方に変えたくなってウロウロと考えを変えることである。臨機応変のつもりでいて優柔不断にならないように常に自分の心を顧みながら行動することを忘れないようにしたい。