130円を返さない中国人

中国人は平気でウソをつく。個人的に付き合えばいい人なんだという人もいるが、やはり平気でウソをつく。ところが最近になって感じるのは、彼らは自分がウソをついて人を騙しているなんて思っていないのではないかということだ。
中国人のウソはあっけらかんとしている。まだやっていないことでも「やりました」と言う。失敗したことも「上手くいきました」と言う。どうしてそんなウソをつくのかと訊けば「明日かそのうち成功すればウソじゃなくなるよ」と言う。コイツラの頭の中身は狂ってる、と思っていた。
先日、ネットの記事で「130円を返さない中国人」という記事を読んだ。「だから中国人はセコい」という話ではない。

それは中国人と結婚している日本人男性の話である。
中国人は通りの真ん中で立ち止まって話していても迷惑をかけているなんて思わない、という。自分たちが立ち止まっていても他の人が通れるだけの余裕を残しておけば別に通路の真ん中で立ち止まっておしゃべりすることを悪いことだとは思わない。いや、人が通るのに困らないくらいの余裕を残しておけばいいと考える。
一方で日本人は、「通路は人が歩くところだ。だから立ち止まるべきではない」と考える。それがスジだからだ。「中国人は量で考え日本人はスジで考える」というのである。

こんな話もしていた。同僚とランチに出て昼食を終え職場に戻る途中、缶コーヒーを買おうと思ったがあいにく小銭がない。仕方がないので同僚に130円を借りで缶コーヒーを買った。日本人なら自分に小銭ができたら130円を返すだろう。しかし中国人はそれっぽっちの金額は返さないというのだ。日本人の感覚なら”借りたものは返す”のが常識だ。それが130円でなく30円だとしても変わらない。ところが中国人は「あいつにとって130円くらい減ったところで生活に困るわけではないだろう」と考えるのだという。”130円くらい人にあげても困らない”から返さないんだそうだ。まぁそうである。130円を返してもらえなかったからといって破産するわけでもないし小遣いに困るわけでもない。このように中国人は相手が”困るか困らないか”の量で考える。日本人の感覚では「アイツは借りたものを返さないやつ」というレッテルを貼る。スジを通すのが当たり前だと考えるわけだ。

スジとは言い換えれば「すべき論」だ。通路は人が通るところだから立ち止まるべきではない、借りたお金はたとえ少額でも出来るだけ早く返すべきだ、悪いことをしたら謝るべきだ、などなど。日本人の思考の基本はスジを通すことを正義だと考える傾向がある。しかし、しかしだ。
深夜の仕事帰り、車も少なく人通りもない暗い道である。雨が降っている中を歩いて帰る。差し掛かった交差点の横断歩道には赤信号が灯っている。道幅はほんの5m。左右を見渡しても車がやって来る気配はない。周囲には誰もおらず自分ひとりだ。そんな時、あなたは横断歩道の信号が青になるまでおとなしく待つだろうか。30秒待てば青に変わるだろう赤信号をバカ正直に守るだろうか。いや守るべきである。”誰も見ていなければ赤信号は無視してもいい”とは法律には書いてない。守るのがスジである。しかしそんな場面に出くわしたら日本人だってスジを通す人は少ないのではないだろうか。誰に迷惑がかかるわけでもないし、ほんの数歩で渡ってしまえる狭い道だ。誰も見ていないし…。

日本人は筋を通すべきだと考える、事が多い。しかし本音は中国人と同じように「ちょっとだからいっか」と思いたいのではないだろうか。
街に出れば通路の真ん中で立ち止まっておしゃべりする日本人はいくらでもいる。歩行者用赤信号を無視する人もゴマンといる。道路にゴミや吸い殻を投げ捨てる人だって後を絶たない。「ルールを守るクールな日本人」などと担ぎ上げられて得意になっている日本人が平気でルールを破り約束を違えるのだ。結局のところ”自分さえ良ければ”、”自分がいいと思えば”他人の迷惑など顧みないわけである。
口ではカッコイイことを言っておきながら本当はスジを通すことを億劫だと感じているのではないのか。

日本人は飛鳥の昔からスジを通すことを大切に思ってきた。しかし当時から政治の世界ではそれが実行されたことはなかった。やったことはほとんどが自分の保身と欲望を満たすことだけだった。スジを通すことを”美”としながら、その裏ではスジなんか通してこなかったのである。それでも日本人の心の中にはスジを通すことを”徳”とする美学が相変わらず残っている。残っているのに自分の弱さでそれができない。
だから正義を行うことに、筋を通すことに憧れるのだ

モノを買う時に中国人はこう考えるのだという。「必要だから」買うのではない、お金を持っているから買うのだ。だからお金持ちが電車やバスで移動することは考えられないのだという。電車やバスはお金のない貧乏人が”仕方なく”乗るものであって、お金のある者が電車やバスを使うことは自分が貧乏人に見られるのでプライドが許さないのだそうだ。それは周りがそのような考えを持つ中国人だから余計にそう思うのだろう。日本ならそれなりのお金持ちでも”健康のために”や”エコだから”という理由で電車やバスを使う人がほとんどだ。中国人ならベンツを買える人がより安い国産の軽自動車を買ったりはしない。北京の何億元もするマンションを買える人が郊外の安い土地に小さな家を建てたりはしない。

しかし考えてみれば日本人でもそういう人種はたくさんいる。ITベンチャーで小金を手にした途端に六本木ヒルズに家を買って周囲に自慢してみたり、乗りもしない高級外車を何台も買い込んで得意になっている人はたくさんいる。「お金があるから買う」という日本人はその人の生活スタイルと持ち物を比べて見ればすぐにわかる。社長になったからといって必ずしもアウディを買う必要はない。お金があるからといってどこにも行かない人が自家用ジェットを買う必要もない。
恐らくそんな人はスジを通すことも忘れてしまった、そして中国人のような割り切れた良さもない中途半端な人なのかも知れない。