みんながヤル気を出す組織

まだボクがまだ20代でホテルの営業職だった頃、飛び込み営業を命じられて地図を片手に担当地区の会社に片っ端からローラーセールスをしていた。ホテルの営業と言うと「何を営業するんですか?」と訊き返されることが多いが、要は会社の周年記念行事や社長就任パーティー、新社屋完成記念パーティー、年末年始なら忘年会・新年会、クリスマスパーティーなどの宴会の予約をもらってくるのである。経験された方はご存知と思うが飛び込み営業は労多くして功の少ない営業だ。ほとんどの相手からは押し売りのように扱われ名刺さえ受け取ってもらえないことも多い。50件まわって1件でも話を聞いてくれるところがあればいい方である。そんな飛び込みでも運がいいとごくまれにとんでもない金鉱脈を探り当てることがある。

その日ボクは官庁街の一角を歩き回っていた。午前中の手応えはさっぱりで担当者にさえ一人も会えていない。そもそも官庁では飲食を伴うパーティーなどは少なく、あっても単価の安い会議がせいぜいである。だから官庁に直接営業することは少なく(行っても会ってくれないことが多い)周辺の一般企業を中心に営業していた。
その日もとにかく訪問先での反応が悪いので午後からは宿泊とレストランに切り替えて営業することにした。実はホテルの営業マンにとってこれは”逃げ”である。宿泊やレストランは個人での利用も多い。企業相手ではなく担当者個人に話す。出張者のための宿泊割引券を渡しながら担当者個人の利用を促すわけだ。もっとも宿泊やレストランの予約がその場で取れることなどないので、営業といっても顔見せとご機嫌伺いのようなものである。

こうなると公務員でも仲間同士や友人とホテルのレストランを使うこともあるわけなので都府県庁や市役所・区役所にも大きな顔をして入っていける。先方も売り込みじゃないと分かると気軽に話を聞いてくれる。そんな感じで話をしている中で「首都圏サミット」の話がポロっと出た。関東地方の県知事と政令指定都市の市長が集まって毎年各自治体が持ち回りで開催する会議である。正直なところそれなりのお偉いさんが来るものの警備は厳しくしなければならず、飲食を伴うパーティーがあるわけでもないので単価は安くあまり美味しい話ではない。しかし開催されたホテルは新聞にも写真や名前が載るし宣伝効果はそれなりにあるンである。
先方の担当者もホテルにとって”美味しい話ではない”のを知っているので積極的に話を持ちかけてきたわけではないが、ボクにとっては話題性もあるし十分に美味しい話だと思って予約を受けた。

オフィスに帰って営業課長に話をしたところこれが大いに盛り上がった。特に平日の昼間などホテルの宴会場は空いていることが多いので話題性があれば十分に元が取れると判断されたわけだ。課長はすぐに上司の部長と支配人に報告した。ボクは不毛な飛び込み営業で思わぬ獲物を釣り上げて喜んでいたのだが、翌日になってみると話は変な方向に進んでいた。
予約を取ってきたのは上司である課長ということになっており営業責任者にも課長の名前が書かれていた。その後の打ち合わせは全て課長が行いボクには何の音沙汰もなくなった。
いや別にいいのだ。ボクはサラリーマンなのだ。自分の実績はチームの実績だ。チームが勝つことが何よりも大切なのだ。

ある日たまたま飲み会の席で課長と隣り合わせになった時に「例のサミットはどんな感じになってるんですか?」と訊いてみた。すると「何でオマエがそんなこと気にするんだ?」と訊き返された。いや、そもそもオレが取ってきたんだから話くらい聞かせてくれてもいいんじゃないの?と思ったが「いやどうなってるのかなと思っただけです」と言った。すると「あっ、オレが手柄を横取りするとでも思ってるのか?」と言われたので「めっそうもありません」と答えた。すると課長は「オマエを評価するのはオレなんだから、オレが知っていればいいことだろ!」と言われた。
首都圏サミットは無事に終わった。結局ボクの評価は上がらなかった。いやいいんです。チームが勝つことが一番なんですから。

正直なところ、その後ヤル気は半減した。いやほとんどなくなった。チームの為に頑張ってチームが勝ったんだからいいじゃないか、と思う高潔な人もいるだろう。でも卑しいボクは「よくやった!」の一言くらいは欲しかったなと思った。一度くらい居酒屋で奢ってくれてもいいんじゃないの?と思った。

その後ボクは何人かの部下を持った。そこで一番大切にしようと思ったことがある。

・何でも報告してくれる直属の部下を育てること
・自分の部下の手柄を自分自身の手柄にしない直属の部下を育てること
・直属の部下の部下が手柄を立てたら本人を褒めること
・部下の部下が手柄を立てたらそれを育てた直属の部下を評価すること
・そうすることで部下の手柄を横取りしない部下が育つ

直属の部下が手柄を立てればその部下を褒めればいい。しかし直属の部下のそのまた下の部下が手柄を立てたのなら手柄を立てた本人を褒めるだけではなく、その部下を持った直属の部下も褒めることが大切なのだ。つまり直属の部下には「オマエはいい部下を育てたな」「それがオマエの宝だ」「よくやってくれた」と評価することで、直属の部下は管理職としての能力を評価されることになる。それが組織の本来持つヒエラルキーだと思っている。

誰でも自分が成し遂げたことを評価してもらいたいと思うのは普通だ。それがどんなに小さなことであってもだ。誰かの手柄を横取りする、自分だけが評価されればいいと思ってしまうような部下を育ててしまったら、結局は自分にとって、いやチームにとって誰もが満足する組織にならなくなるのではないだろうか。
誰か一人に手柄を独り占めさせないことで末端の担当者までヤリガイがいきわたるような気がしている。