否定されたくないニッポン人

人は他人から否定されることを好まない。ダメだと言われたくない。自分のやっていることに反対されたくない。
たぶん誰かに否定されたり反対されることは、自分がその誰かより劣っていると思うからではないだろうか。果たして否定されることは、反対されることは優劣なのだろうか。議論に勝つことが優れていることなのだろうか。議論することは勝ち負けを決めるだけのものなのだろうか?

ブレーンストーミングというのがある。直訳すれば「脳みそをかき混ぜる」こと。ゼロから何かを起こしてプロジェクト化するとき、初期段階で行われることが多い。ブレーンストーミングのルールはひとつ。「否定しないこと」だ。何かの可能性を引き出そうとするとき最初から「それは無理に決まってる」「現実的じゃない」「いくらかかると思ってるんだ」「できる人材がいるのか」などという制約をかけてしまうとアイデアさえ出なくなってしまうからだ。まずは思いついたアイデアをテーブルの上に全部広げよう。できるかできないかはそれから考えればいいじゃないか、という発想である。

アイデアは出るだけ全部出す。もちろん「ありえねー」と思われるアイデアも出る。
ブレーンストーミングが終わったら出たアイデアを整理してみる。似たようなアイデアを系統立てて分類することもある。
一人だけで考え込んでいると一つの考えばかりがグルグルと頭の中を回り始める。どう考えたってそんなことできるわけない、と思い込んでしまう。できない理由ばかりを考える。ところが別のメンバーが突然話し始める。
「ちょっと考えると非現実的ですよね、でも…」
ここからは否定もありだ。
「でもアイデアとしては面白いと思うんです。実際の店舗でやるのは難しいかもしれないけど、スマホのビッグデータと組み合わせれば…」「そんなデータをどこから手に入れるんだ?」「以前に関わったプロジェクトでそういったデータを集めて分析する手法を実現した経験があります」「ん?それは?」

ブレーンストーミングではアイデア出しだ。議論ではない。議論するのはその後だ。
議論は否定から始まる。否定を否定することで新しい可能性が見つかることもある。できない理由だけを考えても何も解決しない。できない理由を説明しても何もできるようにはならないのだ。
誰かに否定されることを嫌がる人もいる。自分の考えが最も正しくてそれ以外は聞くに値しないと思っている。否定されたくないから議論しない。しかし人が一人で考えつくようなことは知れている。自分の経験だけでしかものを見られないのだから。
否定されることは自分が未知の経験や知識を知ることである。否定されることは自分の知らないことを知ることができるチャンスでもある。否定されたことに筋が通っていなければこちらからも否定する。そうすることで議論も考えも深まる。議論しなければ相手の考えもわからない。会議に出ても終始黙っている人がいる。自分の考えがないのならその会議にいる意味はない。時間の無駄だ。

人は否定されることで自分とは違う人間がいることを知ることができる。否定されなければ自分だけの考えしか知らず考えが浅いままで終わってしまう。
否定されることを恐れることはない。新しい発見をするチャンスなのだ。