無関心なことは有名なことでも知らない

あなたがサーフィンを好きだったとする。国内や海外の有名なサーフスポットは当然知っているし、そのいくつかでは実際に波に乗ったこともあったとする。ところがサーファーにとっては常識となっていることであっても、サーフィンに興味のない人にとってはたぶん殆ど知られていないことだ。
ボクはスキューバダイビングでインドネシアのバリ島を10回位訪れている。ボクはバリ島はダイビングスポットだと思っていた。ボクがサーフィンをやらないので知らなかっただけなのだが、実はバリ島はサーファーの間では有名なサーフスポットであり、バリ島南部のビーチでは毎日多くのサーファーがインド洋でのサーフィンを楽しんでいる。逆にダイビングなど、バリ島ではマイナーなスポーツだったのだ。

先日NHKのTV番組で宮崎県の特集をしていた。番組の中で砂浜に行ってサーファーから話を聞くシーンがあった。サーファーは「なぜ宮崎がサーフィンのメッカになったのかご存知ですか?」と訊いていた。しかし質問されたタレントのタモリさんは宮崎がサーフィンのメッカであることを知らなかった。「えっ?宮崎ってサーフィンで有名なんですか?」と聞き返すとサーファーは「そんな事も知らないの?」という表情でビックリしていた。
ボクはたまたま知り合いが宮崎でサーフィンの虜になったことを知っていたので宮崎はサーフィンで有名らしいということには薄々感づいていたが、知らない人にとっては「昭和30年代の新婚旅行のメッカ」だったり「プロ野球のキャンプ地」だったり「チキン南蛮」「焼酎」のほうが有名に違いない。サーフィンと無縁な人は、サーフィンと言えばハワイやカリフォルニア、日本なら湘南海岸や御前崎、外房などの方が有名だと思っている。

昨年、天皇陛下がご訪問されたパラオ共和国。第二次大戦中の激戦地で多くの犠牲者を出したところらしい。ボクも何度か旅したことがあるが海も陸上の風景も極楽浄土(行ったことはないけど)のように美しく心洗われる国だ。
実はパラオはダイバーの聖地とも言われており、常に「一度は行ってみたいダイビングスポット」の上位3つ以内にはランキングされるほどダイバーにとっては有名な国である。中でも天皇陛下が追悼されたペリリュー島は上級ダイバーしか潜れないほどの激流(潮の流れが猛烈に早い)ポイントとしても有名で憧れの的になっている。
日本のニュースではペリリュー島を知っている日本人などいるわけがないというスタンスで報道していたが、ごく一部の人たちの間では常識的に知られた場所だったりするのだ。
先日「ギョーカイ用語」の中でも書いたが、自分がアタリマエのように知っている世界のことは誰でもアタリマエのように知っていると思い込んでいるが、そのことに興味のない人たちは驚くほど無頓着だ。

自分が知っていることは他の人も知っていて当然などとゆめゆめ思わないほうがいい。もしかしたら、いや多くの事柄は、自分と周りのごく一部の人だけが詳しい特別に”ニッチ”なことであることがほとんどなのだ。

逆に他の人があなたに向かって話す”ギョーカイ用語”も、ほとんどの人が理解できない単語である可能性もある。先日、昨今の若者受けしそうなドラマを見ていたら、ドラマの主人公が自分の全く知らないことについて質問されたとき、その答えがわからないのは当然なのに「えっ?そっち系?」といかにも自分が勘違いしていたかのような受け応えをしていた。

人は誰でも他人より優れていたいと思っている。だからバカにされるのは嫌いだ。「知らなかった」ことを恥ずかしいことだと思って”知ったかぶり”をする。ともすると、自分が全然知らなかったことでも「知りませんでした」と素直に言えないことがある。でも裏を返してみれば、自分が新しい知識を得るせっかくのチャンスを自分から潰してしまっていることにならないだろうか。モッタイナイ。

「すみません、それは知らないので教えてください」と言えば相手は得意げに丁寧に教えてくれるはずだ。それは相手にとって自分を優位に見せるチャンスなのだから。そしてその話を聞かせてもらうことでこちらも新しい知見を手にすることができる。Win-Winの関係が構築できるアメイジングなソリューションだろう。

時折、人は意地になって自分の知識の少なさを隠そうとすることがある。しかし一度でもその殻を破って「知らないから教えて!」と訊く素直さを身につけてしまえば、これからの人生をより楽しく有意義に過ごせるとボクは思っている。