教訓ができたわけ

熟成肉の加工基準が問題になっているのだという。熟成肉は生の牛肉をある条件で”放置”しておき、悪くいえば”腐らせて”熟成させたものだ。以前から牛肉には食べる時期があり、新鮮なものよりも一定期間置いた肉のほうが熟成されて美味しくなると言われてきた。
これは聞いた話だが、ボクが以前勤めていたホテルのレストランでのこと。1ヶ月後にホテルのオーナーが視察に来る予定があり、レストランの料理長は2週間前から牛肉を熟成させていたのだという。オーナーがレストランにやって来た時に正に最高の状態になるように準備をした。
そしてオーナーがやって来る日、かねて準備した熟成肉を使って最高のステーキをお出ししたらしい。しかしそれをひとくち食べたオーナーは一言「腐ってる」。料理長は「肉の味も分からねぇ田舎者が!」と怒ったというが、その後の料理長の消息は誰も知らない。

その肉が”熟成肉”だったのか”腐った肉”だったのかはわからない。しかしそれらの境界には1本の線が引けるわけではない。チーズでもそうだがブルーチーズの匂いが好きな人と”カビが生えてる”と思う人がいるのと似たようなものだ。
常識で考えれば腐った肉を食べればお腹も壊すし病気にもなる。そこで政府・厚生労働省では熟成肉の加工基準を決めようという話が出ている。いわゆる”ガイドライン”だ。しかしこれも難しいところで、一般的に胃腸の弱い日本人と欧米人を同じ土俵で語ることも難しい。しかし腐った肉は程度の差こそあれ、生理的に”アブナイ”と思わせる臭気を発する。
大昔の人は、いや今でも野生動物の一部は生や腐りかかった肉を日常的に食べている。しかしヒトが生肉を食べていたのは火を手にする以前の10万年以上も前のことだ。恐らくその頃は寄生虫による中毒や雑菌の繁殖などによって多くの人類が命を落としていたと思われる。
やがて人類は”火”を手に入れる。火を通すことで食べ物を殺菌し、生肉を食べるよりも衛生的で命を落とすものも減ったに違いない。

先日テレビを見ていたら「腐った物の見分け方」が話題になっていた。「臭いを嗅いでみてください」という衛生士に「どんな臭いがダメなんですか?」と若いゲストが訊いていた。衛生士は「うーん、どんなって言われても腐ってる臭いがしたらやめたほうがいいです」と。信じられないことだが、最近では加工食品の防腐剤などの添加物のせいか、腐った食べ物を見たことのない人が多いらしい。それなのにガス漏れの時には「玉ねぎの腐った臭い」などと言っているのは笑える。

東北の大震災で三陸から関東の沿岸に大津波が押し寄せた後、テレビでは過去の教訓の大切さを特集する番組がたくさん放送された。「津波てんでんこ」などと言われ、地震が来たらその後すぐに津波がやってくるから、みんなが集まっていなくても、それぞれがテンデンバラバラに高いところに逃げなさいという教訓なのだそうだ。そして小さな子供でも学校で教わった子供は大人をも説き伏せて高台に避難して無事だったのだという。
こういうときは大人よりも概して子供のほうが素直で教訓を守ることが多い。

「豚は寄生虫がいるから生で食べてはいけない」とは子供の頃から年長者に言われてきた教えである。しかしユッケや牛刺などの牛肉の生食が一般化してきてからは、一部には豚肉も生で食べる人がいるらしい。
魚介類には一般的に寄生虫がいることが普通である。特にサバやイカには多く見つかる。だから刺し身を好んで食べる日本では〆鯖にしたり、イカそうめんにしたりして寄生虫を殺してから食べる料理法も考案されてきた。

最近のニュースでは魚の寄生虫による食中毒が話題になっているが、寄生虫自体が増えているわけではない。食中毒が報告されるようになってニュースになるから増えたように感じるだけである。そして加熱しないで食べる以上は必ず一定の確率で食中毒になる可能性はある。ただそれとは別にサバなどの場合はアレルギー物質による中毒もあるので事態は余計に複雑だ。
また梅雨時期になると紫陽花の葉を刺身料理の皿に盛り付ける人もいるらしいが、紫陽花の葉には有毒物質が含まれているので注意が必要だ。

昨年、乳児に離乳食としてはちみつを食べさせたところ死亡したという事故があった。幼い乳児を持つ親などの場合は卵やはちみつなどのアレルギー物質や抗菌物質には人一倍気を使っていると思っていたので余計にショッキングな事故だった。
最近のママたちはヒマさえあればスマホを弄っているので、そういった情報は最初に調べているのだろうと思っていたが、そういうわけではないらしい。

昔の人は自分たちが失敗して痛い目にあったことを教訓として後世に残してきた。なぜ現代人はそれを無視するのだろうか。教訓を生かさないのは愚かなことだ。せめて知識として最低限は頭の片隅に置いておいても損はないと思う。
そして地震や津波の教訓はこのところある程度には知られるようになってきた。それなのにそれ以外の食べ物などの教訓はないがしろにされている。地震や津波の教訓には賛成するのにそれ以外の教訓には無関心なのだろう。

とりあえず常識で考えよう。生肉や腐った食べ物は危ないということくらいは知っておいても損はない。