クセになること

■気が弱いから声が小さい
「アイツは気が弱いから声が小さい」とか「兄はダラシがないから部屋を片付けられない」などという言い方をよくする。”気が弱い”ことと”声が小さい”ことの間に因果関係はあるのだろうか。”ダラシがない”ことと”部屋を片付けられない”ことの間に因果関係はあるのだろうか。”飽きっぽい”ことと”集中力が続かない”ことの間に因果関係はあるのだろうか。因果関係とは読んで字の如く”原因”と”結果”の関係だ。原因があって結果がある。その関係が倫理的に証明できたときに”因果関係がある”ということができる。
”気が弱いから”を引き合いに出すなら”気が弱い”とは具体的にどういう状態なのかを定義しなくてはいけない。何を以って気が弱いと決めたのか、ということだ。

■行動の理由
人間を含む動物が何かの行動を起こす時には理由がある。小さな声を出すということの理由はなんだろう。”気が小さい”と言われている人はどうして他人から気が小さいと思われているのだろう。仮にそれが”人より目立つことが嫌い”な性格を持っていたからなのだとすると、

目立たない → 小さな声を出す → 目立たない

となって目立たない状態(本人にとって好ましい状態)が続くことになる。ところが大きな声を出した時には

目立たない → 大きな声を出す → 目立つ

となって本人にとって好ましくない状態に変わってしまう。そんな状況が繰り返されることによって日常的に大きな声を出さないことが習慣づけられていく。 
つまりこの場合、”声が小さい”ことの原因は”目立ちたくない”から、ということになる。”気が小さい”というのはそれらのことをまとめて本人に付けられた”ラベル”といってもいい。

■嫌な状態と好ましい状態
誰だって辛い状況にいつまでも晒されるのは嫌だ。できることならラクで楽しい状況でありたいと思う。ところが何かをやることで嫌な状況に陥ることがある。例えば小学生が自習時間に教室で騒いだとする。すると隣の教室にいた先生がやってきて「静かにしなさい」と怒った。それは、

怒られていない → 騒ぐ → 怒られている

ということになって嫌な状況が発生する。だから子供たちはだんだんと騒がなくなる。ところが騒いでも先生が怒りに来なければどうだろう。

怒られていない → 騒ぐ → 怒られていない

となって嫌な状態にはならない上に”騒ぐ”という楽しい状態も続くのでますます騒ぎは大きくなる。
つまり自分のやったことによって嫌な状況が起これば”そのこと”をやらなくなるし、良い状況が起こればますます”そのこと”をやるようになる、というまったくもって常識的なことが起こるわけだ。
ただここで大切なのは、やったことが原因で結果が起きたのなら、そのことをもう一度起こしたければ原因となったことをもう一度やればいいのであり、二度と起こしたくないのであれば原因となったことをやらなければいいのだ。

■原因がわかれば直すことは簡単だ
冒頭に「気が小さいから声が小さい」という命題があった。では気を大きくすれば声は大きくなるのか。どうしたら気を大きくすることができるのか、という答えのないような結論しか導けない。ところが”目立ちたくないから”という原因がわかれば、目立ちたくなるには何をすればいいか、という対策の方向性が立てられるようになる。結果に対してその原因が分かるということはとても大きなことだ。原因がわかれば、その原因を大きくしたり潰したりすることで対策を立てることができるからだ。
「大きな声を出すには大きな声を出す訓練をする」などという前時代的な特訓を、いまだに多くの企業が新入社員教育の中で続けている。ボクも以前に何度もそんな訓練をやったが、元々目立つことが好きだったボクには何の効果もなく、ただ声が潰れただけに終わった。

■”嫌な状態”には即効性がないと行動は起こさない
「禁煙」という問題がある。「百害あって一利なし」などと言われてもタバコをやめられない人はいる。喫煙者の、真っ黒に汚れた肺の解剖写真を見せられても何とも感じていないようだ。
「肺がんで死ぬ確率は3倍」だの「脳梗塞の危険は5倍」とか「心臓麻痺で死ぬ確率は2倍」などと言われても「死ぬのはオレなんだから放っといてくれ」などと言って憚らない人は枚挙にいとまがない。だが恐らく、タバコを1本吸うたびに心臓が締め付けられたり息が苦しくなったり意識を失ったりするなら、禁煙は簡単だ。翌日にはもうタバコを吸おうとは思わないだろう。
「タバコは体に悪い」なんてことは誰でも知っている。もちろん喫煙者だってそのことに異論はないと思う。異論はないが”自分が健康を害する”のはもっと先のことなのだ、と思っている。今1本吸ったって大して変わりはしない。辛い目に遭うかどうかだってわからないし、いずれにしてもずっと先のことだ、と思っている。すぐに実感できないからタバコをやめる気にはならない。

■犬はこう躾ける、らしい
ボクは犬を飼っていない。ネコも飼っていない。うちには意図的に飼っている動物はいない。犬も猫も可愛いとは思うが、他の家で飼っている犬猫を可愛がってそれで我慢している。が、犬猫を飼っている友人たちは多い。最近ではその犬猫もある程度成長してある程度は分別のある行動を取れるようになっている。しかし子犬子猫の頃は躾も大変らしい。それ専門のトレーナーもいると聞く。厳しいところでは警察犬訓練所などもある。かつて住んでいた横須賀の家の近所には警察犬訓練所があって、日夜厳しい訓練をしていた。
そういったところのプロのトレーナーが言うには、犬猫は”なにか悪いことをしたらその場ですぐに叱る”ことが肝心なのだという。その場で嫌な(痛い)思いをしないと何が悪いことなのかがわからないらしい。言うことを聞かなかったら叱る、無駄吠えしたら叱る、自分勝手に噛み付いたら叱るなどということをその場で繰り返して、やったことと痛みを結びつけるのだという。
禁煙にも効果的な方法だ。実際禁煙用に、煙草を吸うと気分が悪くなる、という薬もある。

■罰を与えるということ
悪いことをしても嫌な状況にならない、ということもある。例えば交通違反だ。信号無視をしても運がよければ何事も起きない。スピード違反をしてもよほど運が悪くなければ事故を起こすことはない。悪いことをしても嫌な状態にはならないことが多いわけだ。そうすると先のような行動の強化や抑制は起こらない。ところが交通法規は全員がルールを守ることを前提に作られているシステムだ。交差点で青信号ならほとんどの人はブレーキも踏まず左右を確認することもなく通り過ぎる。だが横から信号無視をした車が飛び出してくれば事故が起こる。
事故は年がら年中起きるわけではないが、起きれば重大な事態になる。酒を飲んで運転する人もまだいる。自分は酒を飲んで運転しても事故を起こさないと思っている。でもいつか重大な事故を起こす。タバコと一緒だ。ではいつか起こる嫌なことを今すぐに起こしてその行動(酒を飲んで運転する)をやめさせることはできないか。それが警察の取り締まりだ。事故ほど重大な事態ではないが、罰金や反則金を取られて免許まで取り上げられる。事故を起こす前に嫌なことがすぐ起きるのだ。そのことが行動を抑止する。

■モノを買うということ
モノを買うことも一つの行動だ。何かの原因があってモノを買うという行動を起こす。例えば、

生活が不便 → モノを買う → 生活が便利:だから買う

などだ。ところがモノを買うことで状況が変わらない場合は

生活が不便 → モノを買う → 生活が不便

こんな時には買わない。平たく言えば、役に立たないものだからいらないということだ。ところがモノに溢れた現代ではこんなことも起こる。

生活が便利 → モノを買う → 生活が便利:買わない

すでに便利な生活を送っていればこれ以上便利にはならないかもしれない。状況が変わらないのならモノを買うという行動は起こさない。ただヒトは不思議な行動をする。いらないはずなのにモノを買うこともある。そのひとつを説明するなら

コンプレックスがある → モノを買う → コンプレックスがない:買う

つまり他の人が持っているのを見て羨ましかったり、自分が持っていないことに嫉妬した場合は行動することもありうる。
こういった人の行動の原理は自分の行動を見直すだけでなく、ビジネスでも大いに参考になる。