先輩後輩

学生時代や職場で入社・入学年度順に「先輩・後輩」という関係が自然にできるのはアタリマエのことだと思っていた。先日テレビを観ていたらいわゆる先輩・後輩の概念があるのは日本と韓国くらいらしいという話をしていた。ビックリした。「じゃあ日本と韓国以外にはないの?」という質問に「ボスはいるけど『先輩』ってよく分からない」と言っている。ボスは別として、仕事のできる人がエラくてできない人はエラくない、という感覚しかないらしい。「何でボスでもない人の言うことを聞かなきゃいけないの?」というのがガイジンの大方の意見だ。
学校でも職場でも、先輩後輩という概念は日本人の骨の髄にまで染み込んでいる。これが基本だと言ってもいい。ボスは何かあればトンで行くが、先輩はいつになっても先輩だ。そういう考えにガイジンたちも驚いていた。

新卒で4月に一斉に入社すると「〇〇年入社」や「〇〇期」と名前を付けられて「同期」という枠に収まる。
日本の多くの学校では仕事のやり方を教えない。だから稟議書も、いや伝票一つ書けないまま入社してくる。請求書と納品書、領収書、受領書の意味すらわからない大学出の新卒はいくらでもいる。それらは新入社員教育でも教わることはまずないから、教育担当という肩書を付けられた先輩が手取り足取り教えるというのが日本の会社の春先の社内風景になっている。

最近は違っているかもしれないが、勤務時間が終わると先輩が後輩を連れて飲み屋に行ったりする。そこでは業務や公式ではない社内の上下関係や不文律などをレクチャーしたりする。もちろん時間外だが手当がつくわけでもないので嫌なら断ればいいのだが、そんな中で同期の絆が築かれていくのかと思えば、無下に断って仲間はずれにされるのも嫌だ。だから後輩は(仕方なく)先輩の後ろについていく。先輩は先輩で自分が太っ腹なところを誇示するために(最初だけは)後輩に奢ったりする。もっとも最近では先輩の給料も低迷しているせいか奢ることは少ないと聞く。それどころかボスであっても部下に奢ることはないらしい。バブルも遠くなりにけり、である。

そんな同期も、日本の会社では異動によって職場がバラバラになる。ボスも部下もどんどん変わるので異動してしまったそれぞれの個人に特別な思い入れはない。社内の廊下ですれ違っても会釈する程度である。
ところが同期入社の社員同士には別の絆がある。本社から地方の支社に異動になった同期社員と、出張のときにたまたま顔を合わせたとしよう。「おーっ!久しぶり!今どこにいるの?」から始まって他の同期社員の話題にまで広がる。「こんなとこでもアレだから今晩いっぱい飲もうや」ということになり、その夜は思い出話に花を咲かせるということも稀ではない。
ただ職場の関係では先輩や後輩というのは「同期」ほどの強い繋がりはないようだ。

中・高・大学などの学生時代というのは3年4年と期間が区切られているのと、部活やサークルなどの閉鎖的な組織内部での付き合いということで、先輩後輩の関係も濃厚なことが多い。そして不思議なことに何年経っても先輩は先輩であり後輩は後輩であるというのが、ある意味笑える。
50も過ぎた大企業の部長が一つ年上の「先輩」であるタクシーの運転手に「お久しぶりです!お元気でしたか?」 などと言ってお酌したりしている。先輩も貫禄を出して「おぅ、元気か?何やってるんだ?」などと、街で会って運転手とお客の関係だったら考えられないような会話をしている。そしてその空気感は二人にとって甘酸っぱい居心地のいい「あの頃」を思い出させてくれたりするのである。

ボクのいた学校はあまり封建的な学校(クラブ活動)でもなかったので先輩後輩に負のイメージはほとんどない。また部活やサークルなどに所属していなかった人にとっては「学校の先輩」という繋がりは薄いかもしれない。
かつての仲間たちと数十年ぶりに再会したこともあって、最近では時々は飲み会などもやって昔話に花を咲かせている。
20代の頃、ボクが友人とシェアしていたアパートには、同期から後輩まで10人以上が年中出入りしていた。玄関脇の窓を少し開けると、そこには部屋の合鍵が掛けてあった。だから家主が家に帰ると先に部屋に来ていた友人に「おかえり」と言われることも多かった。多い日には7~8人も集まって悪いこと(あまり悪いことではない)をやったりしていた。今なら近所の人に通報されかねない雰囲気だったが、当時は隣の部屋の家族にも挨拶を欠かさず、旅行に行けばお土産を買ってきたりしていたのでトラブルもなく平和な毎日だった。
そんな仲間たちも数十年が経ち、それぞれに家庭を作っていく中で自然と疎遠になり、ほとんど会うこともなくなっていた。
そんなときに偶然再開する機会があり「懐かしいね」ということになったわけだ。それが今でも「〇〇先輩」などと呼ばれるのだからおかしなものだ。

ガイジンにはあまり好評とも言えない「先輩後輩」だが、新しく入ってきた人に組織の伝統やしきたり、普段の作業手順などを教えていくには悪くない仕組みだと思っている。中にはシゴキやイジメ、血の特訓、一気飲みなどの悪い風習もあるが、先輩のほうが先に組織に所属して慣れており、細かいことも分かっているのだから、年送りに何かを伝えていくには効率的なやり方ではないだろうか。

だがテクニカルな部分になると必ずしも先輩のほうが優れているとは限らない。それはマネジメント能力も同じだ。能力には各個人のそれまでの生い立ちや努力によって年齢や経験年数とは関係のない格差があるし、マネジメント能力も経験だけで発達するものではない。ゆえに3年生だから部長、2年生だから副部長というのも今にしてみれば変な制度だった(それが伝統だった)。またテクニカルが優れていればマネジメント能力があるのかと言われれば、プロ野球やJリーグなどの監督を見ても分かるようにあまり関係がないように思える。
学生くらいだとマネジメント能力は個人の性格的なカリスマ性や信頼度にも大きく関わってくるものだから構成員による”選挙”などでもいいかもしれない。

テクニカルな部分で一方的に指導者役を任せるともちろん危険なこともあるが、とんだお笑い草になることもある。
これは知人から聞いた話だが、ある離島に大学のダイビングクラブが合宿に来ていたらしい。合宿の最終日、低気圧の接近もあって海に出入りするための港のスロープにも大きめの波が打ち寄せていたのだという。陸に上がろうとコンクリートのスロープに近づいた部員たちは、その波の大きさに怖気づいたらしい。
そこでクラブの部長である先輩が

「オレが先にやり方を見せるからオレのやるようにやれ!」

と言ってスロープに取り付けられていたロープを掴んでグイッと立ち上がった。そこへ不幸にも大波が打ち寄せて先輩は大きくバランスを崩した。

「後輩が見ている。転ぶ訳にはいかない」

と思った先輩はロープにぶら下がりながら右に左に振り子のように翻弄されながら踏ん張った。後輩たちは思った。

「よしわかった!」

後輩たちは先輩のやり方を真似てそれぞれが振り子のように右左に走り回りはじめた、らしい。

ボクが思うには、基本的に「先輩の威厳」なんてものはないし、いらないと思う。あるのは、先に組織に所属していたがための、そこでうまくやっていくための少々の知恵を伝承していくことだけではないだろうか。もちろんそれは絶対不変のものではないし、受け継いだ者たちが時代と状況に合わせてより良いものにしていけばいい。
でもそんな風習すらないという外国の組織には、ぜひ日本の先輩後輩文化を教えてあげたいものだと思う。