転職はギャンブルだ

今では新卒で就職してから定年までを1つの会社で過ごすことは”常識”ではなくなってきたらしい。今まで数々の転職をしてきたボクがいうのもヘンだが、ボクらが学校を出て就職した頃はそうではなかった。周りの大人達もそうだったし何より親世代が「転職なんて不良のやること」というような概念を持っていた。転職を繰り返すことは「履歴書を汚す」などと言われ、親しかった友人たちからも「オマエ大丈夫か?」と心配されたりした。
そんな時代だった。
時代は流れてITバブル期。世間でも「スキルパスを見つけよう!」なんてコピーを合言葉に、転職することがステータスのように言われた時代があった。「転職できないヤツは無能」くらいのことを言われて意味もなく転職する人たちが大量発生した。

■飛び出せ青春!
人はどうして転職するのだろう。いや転職しない人もたくさんいるから「どうして?」ということもない。でも転職するということは、ある程度慣れ親しんだ職場を離れて新しい環境に身を置くことだ。慣れ親しんだ環境は多くの人にとってはコンフォートゾーン、つまり居心地のいい場所だ。新しい環境に移れば一から人間関係を作り直し、仕事を覚え、生活スタイルも変えていかなければならない。それなりにストレスになることである。
もっとも今の環境がコンフォートゾーンではない場合もある。やりたくない仕事をいつまでもやらされたり、信頼できないような上司や同僚がいたり、収入が低かったり仕事がキツかったりすることもあるかも知れない。こんなところでいつまでも我慢するくらいならいっその事、別の会社でリセットしようと思う人もいるだろう。

■隣の芝生
しかしそこにはちょっとした落とし穴がある。
「別の会社は今よりもいい環境か」ということだ。昔から言われるが「隣の芝生は青い」のである。学校を出て最初に仕事に就いたときのことを思い出して欲しい。就活をして試験を受けて面接をして、それで入った会社は思い通りの場所だっただろうか。思い通りの仲間と信頼できる素晴らしい上司、生きがいを持って取り組める仕事が待っていただろうか。もちろんそういう人だってたくさんいるだろう。しかし多少の落胆を感じた人も少なからずいたはずだ。いや最初から「仕事に就いて給料をもらうってことはこういうことなんだ」と達観していた人もいたに違いない。それほどまでに日本の就職には「夢」がない。

昨今では(一時期を除いて昔からそうだったが)仕事を頑張って成果を上げても昇進することはあまりない。なぜなら上が詰まっているのだから。一時期は”名誉職”のような役職をいっぱい作って管理職待遇にして給料をちょっとだけ上げて、時間外手当を出さずに本人の自尊心だけを満たすやりかたも横行した。当然インカムは減り、実質的な賃下げだった。今話題になっている「裁量労働制」もそうだ。ボクも経営の企画になど携わっていたわけでもないのに裁量労働制の対象になって、働かされ続けられたことがあった。労働の仕方は自分の裁量で決められるが、仕事の量は上から降ってくるので裁量権はないという矛盾した制度であった。

■キャリアとプロパー
そんなことを書きたかった訳ではない。つまりは転職がバラ色で夢を叶えてくれるばかりのものではないということだ。
企業は安く使える優秀な人材を欲しがっている。”優秀”というのは”会社のためにたくさん稼ぐ”ということだ。だから支出は多くなってもそれ以上に稼いでくれるのなら「買い」である。高い機械を買ってもそれ以上に生産してくれるのなら経営者は満足する。しかし高い買い物をしてもボロを掴まされることもある。「何でもできます」「何でもやります」と言っていたはずなのにまったく使い物にならないケースだ。面接でウソをつかれてもそれを見破ることなどほとんど不可能だ。でも入ってきてから使いものにならないことがわかればすぐに捨てることはできる。転職者にとっては思いがけない転落であり企業にとっても採用経費の無駄遣いになる。お互いに損をするという最悪な結果が待っている。

転職はそんなに甘くはない。中途採用者は新卒採用のように企業は甘やかしてはくれない。なぜなら他の会社を捨てて転職してくる人間は、いつ自分たちを捨てて出ていくかも知れないからだ。そもそも日本の社会は長い間、そういった信頼関係を前提にしてきたのだ。
転職経験のある方はご存知と思うが、新卒社員(プロパー)と転職組(キャリア)の間には大きな壁がある。特に古いタイプの巨大企業になればなるほどだ。社長をはじめとして役員や管理職は基本的にキャリア組を信じていない。基本的に出世はしないし昇進も頭打ちである。
いつ裏切って寝首をかかれないとも限らない人間にオールを渡す船長はいない。

■転職はギャンブルだ
そうは言っても全ての転職が不幸なわけではない。要は運だ。ギャンブルと一緒である。どこの企業でも入ってみるまでは内情はわからない。かつてとあるSNSの自己紹介欄に「好きなギャンブル」を登録する欄があった。ボクは迷わずに「転職」と書いた。
自分にフィットすればよし、外れて元々くらいの感覚で考えておいてちょうどいいくらいだと思う。それほどまでに転職は先が読めない。

しかし、定年までぬるま湯に浸かって安穏と生きるのもいいが、一度はコンフォートゾーンを飛び出してチャレンジしてみるのもいいかも知れない。二度と元のレールに戻ることはできないが、今の時代、敷かれているレールもどこまで続いているのやら不透明な時代である。