働き方改革
~労働力は経費なのか~

ボクが仕事に就いた30年前はいわゆるバブル景気だった。証券会社に就職した新入社員の女の子の初ボーナスは就職4ヶ月目で100万円を超えていた。家や車はバンバン売れて海外旅行にゴルフ・スキー・テニスなどのレジャーもイケイケムードだった。昭和が終わり平成になった頃から社会の様子は急変する。モノは売れず消費は低迷し企業の売上も急落した。給料もボーナスも上がらなくなり従業員のリストラが横行した。もともとバブル期にも給料がほとんど上がらなかったボクには大きな影響はなかったが、当時勤めていた会社はボクが転職した後にM&Aなどによって事実上消滅してしまったところもある。ある意味ではダイナミックな時代だった。

■その後の10年とITバブル
この20年間、労働者の実質平均給与所得はほとんど変わっていない。バブルが崩壊してから10年ほどは「失われた10年」などと言われて経済成長どころか実質の成長率はマイナスになっていた。そしてITバブルなどと言われて三木谷さんの楽天やホリエモンのライブドアなどがインターネットの隆盛とともに一気に時代を駆け上がってきた。しかしNTT周辺やKDDIなどの”もともと大手”は別にして、その後も生き残っているところは少ない。日本では、孫正義さんのソフトバンクや楽天などは奇跡的なケースと言ってもいい。一方海外では、グーグルやアマゾンなどが急激に成長し、今では世界中を席巻するほどの勢いになっている。もっともその陰には星の数ほどのベンチャー企業もあったが、当時IT企業に身を置いていたボクが一緒に仕事をしたベンチャーのほとんどは数年のうちに姿を消してしまった。

■サラリーマンの悲哀
僕はかつて勤め人の頃、10年間で30万円上がった年収がその後の2年間で50万円下がった。収入を上げるための最も手っ取り早い手段は転職だった。自分のスキルを売り込んで条件のいいところに転職すれば一気に給料が倍増することもあった。しかしITバブルが崩壊し、リーマンショックが起こるとここでまた流れが変わった。当時働いていた職場で担当していた業務では、ボク史上かつてない大成功を収めて莫大な売上と利益をあげた。「今度のボーナスはスゲーぞ」と同僚たちと笑い合っていた。しかし数カ月後に手にしたボーナスは前年を下回った。「どうしてなのか?」と上司に問いただしたら「全社的な業績不振」を理由に「また今度、埋め合わせするから」と言われたがその後15年間、埋め合わせされたことはなかった。しかし勤めていた会社はその年こそギリギリの収益だったがその翌年からは少ないながらも年7~8%は増収増益していたにもかかわらずである。

■結局何も変わらない
リーマンショック後、企業は収益を上げるためになりふり構わない合理化と生産性の向上を目標に挙げた。当時からパソコンは職場での業務には欠かせない道具になっていたが、インターネット環境の普及とともにその適用範囲は膨大に広がり、その後の10年間に業務に占めるパソコンの役割は爆発的に増え、生産性は何十倍にもなった。そのためのシステム設計や開発、自社やクライアント企業への導入などに忙殺された時代である。仕事は次から次へと舞い込み業務量が一気に増える中、自分たちも生産性を上げるためにコンピュータの使い方を工夫し業務プロセスを見直した。今まで10やればよかった仕事が30に増えたのだから、そのままでは家に帰る時間どころかトイレに行く時間もなくなるからだ。みんながそれこそ血眼になって業務を”カイゼン”し生産性を上げた。
でもなぜか給料は下がった。やっている仕事は高度になり生産性は上がり業務量が増えたにも関わらずだ。上司は言った。
「オレたちはサラリーマンだからな」

■「生産性」とは何だったのか?
そもそも生産性を上げることは労働者のメリットになるのだろうか?
生産性は”単位時間あたりの生産量”、つまり生産量をそれを作るのにかかった時間で割る。1時間に100個作っていたものを150個作れるようにすれば生産性は上がる。別の見方をすれば、100個作るときに5個の不良品が出ていたところ、不良品を3個に減らせば生産性は上がる。不良品を除いて実質的に95個しか作れなかったものを97個に増やしたのと同じだからだ。
生産性が上がれば決まった時間に生産できる量は増える。つまり一定の量を生産するのにかかる時間が減るということだ。労働者は働く時間が減るか、または減った時間を更なる生産に当てて生産量を増やして収入を増やすことが出来る、はずだった。

■会社は所詮経営者のものだ
ところが今まで企業がそんな動きをしたことことはない。
生産を増やすことが経営者の利益を増やすことはあっても労働者の収入を増やしたことはなかった。なぜなら労働者の収入は日給月給だからだ。働けるだけ働かされても月給は一緒だ。少なく働いても多く働いても支払われる給料は変わらない。
経営者からすれば”同じ時間しか働いていない”労働者に余分な経費を掛ける必要などないのだ。生産性が上がって労働者の働く時間が減れば給料を下げるのだ。これが今の政府が標榜している「働き方改革」だ。
仮にあなたが会社の社長だったらどうするか?
きっと同じことをするだろう。
今までと同じ時間しか働いていない労働者の給料を増やす必要などない、と考えるに違いない。違うだろうか?
労働者にはそれに見合った給料を払っているのだ。
生産量が増えたのは経営判断で機械に投資をしたからだ。投資をしたのは経営者である自分だ。自分が利益を増やしたのだ。だから自分の収入が増えるのは当然なのだ。悪いことはなにもないし筋が通っている話だ。
経営者はそう考える。
何か間違ったことを言っているか?

■労働力は「経費」なのか?
かくして会社は儲かるが労働者の収入は増えないという現実ができあがる。現にそうなっていないか?
「そんなことはない」という人もいるだろう。自分が会社のために努力した分、会社は自分の生活を豊かにしてくれたと。そんな人もいるだろう。
素晴らしい!あなたを雇っている経営者はモノの道理がわかっている。そう、労働者に支払う給料は経費などではないのだということをわかっている。

経済学では「労働市場」という言葉を使う。労働者は自らの労働力を売り、対価として利潤を得る。労働力とは労働者が生産する力のことだ。経営者は機械にも投資するが機械を動かす労働者にも投資しなければ生産量は増えず利益も増えないということを理解しなければならない。ところが多くの経営者は労働力を電気代と同じように考えている。だから節電と同じように労働力を”節約”することばかり考える。
経費は経費だ。ただのマイナスである。
しかし投資は利益を生み出す原動力だ。マイナスではない。プラスを生み出すのだ。
だから労働力を経費だと思っているうちは労働力が利益を生み出すことはない。

労働力を経費だと考える経営者はこう考える。
売上が上がって儲けが増えるのはいいが、なぜ”必要もないのに”経費を増やす必要があるのか。「組合がうるさいから」「世間がうるさいから」「もっと大量に労働力を得るために」
経営者にとって労働賃金は経費でしかない。機械の価格が上がってしまったから機械を買うのにもうちょっとお金を出さなければいけないのと同じだ。

頑張って生産性を上げても自分の収入が増えないのなら労働者は生産性を上げようなんて思わない。自分の首を締めるだけでだけでいいことは何もないのだから。
ユニクロの柳井会長が今年の入社式で訓示していた。労働者(新入社員)に向かって「経営者のつもりになって考えろ」と。だったら経営者も労働者のつもりになって考えるべきではないのか。
多くの経営者はこの程度である。
非情なまでの理不尽なリストラを行い、死ぬまでこき使い、給与すら満足に払わず休みも与えない。従業員を虫けらのように使い捨ててきた経営者に従業員の信頼は、もうない。
「働き方改革」がまず考えるべきことは「働かせ改革」ではないのか。